鎧壊進撃(がいかい・しんげき) (魔界村)
鎧壊進撃考 ―鎧砕けて、なお進む兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
鎧壊進撃とは、敵陣へ突入して奮戦するも、ついに身を護る鎧が打ち砕かれ、最大の危機に陥ったその瞬間、これを絶望ではなく好機と読み替え、捨て身で大将首のみを狙って突き進むという、背水の陣の極北とも言うべき策である。
鎧とは身を護る道具であるが、同時に動きを鈍らせる重荷でもある。これが砕けた時、武人は護りを失うと同時に、枷をも失う。軽くなった身で、守りを捨てた者の踏み込みに、いかなる敵が対処し得ようか。恐れるべきは、鎧を失った者ではない。鎧を失ってなお、前進をやめぬ者である。これもまた、言うまでもないことであろう。
二、語源と起源
この策の起源として後世必ず引き合いに出されるのが、古代ギリシャの女傑アルテの逸話である。
紀元前の頃、ギリシャの小邦同士が覇を競っていた時代、彼女は一軍の先陣を任され、敵陣深くへ突入した。獅子奮迅の働きで敵兵を薙ぎ払うも、多勢に無勢、ついに敵の一撃が彼女の胸甲を砕き、続く一撃が脛当てを吹き飛ばして、彼女は下着一枚の姿となった。味方は総崩れとなりかけ、敵は勝利を確信したと伝えられる。
しかしアルテは動じなかった。砕けた鎧の残骸を踏み越え、下着姿のまま、ただ武器のみを握りしめ、敵の防衛線を駆け抜けたのである。守りを捨てた女傑の疾走を、敵兵は止めることができず、ついに彼女は敵大将の眼前に躍り出て、一撃でこれを討ち取った。大将を失った敵軍は瓦解し、戦は味方の大勝に終わったという。
三、余話 ―古代競技祭と裸体の由来―
余談ながら、古代ギリシャにおける競技祭が、選手の全裸にて催されたことは周知の事実であるが、その由来についても、アルテの偉業を称え、鎧を捨ててなお戦う勇気を競技の場で再現せんとしたものであるとする説が、我が『大全』の伝えるところである。
なお、史実としての古代オリンピックにおける裸体競技の起源には諸説あり、これは民明書房の筆法によるものであって、学術的根拠はない。
四、後世への影響 ―パンツ一丁の騎士、魔界を往く―
さて、この鎧壊進撃の理が、二十世紀の遊戯文化に蘇っていることは、諸君も薄々察していよう。
昭和六十年(一九八五年)にカプコンよりアーケードゲームとして世に出た『魔界村』は、王国の騎士アーサーが魔界にさらわれた姫を救うため、槍など様々な武器を駆使して魔物を倒し、六つのステージを踏破して大魔王に挑む横スクロールアクションである。主人公アーサーは通常鎧を着用しているが、敵の攻撃を受けると下着姿となり、さらにその状態で攻撃を受ければ、ミスとなる。
鎧が壊れてパンツ一丁の姿になるのは一度目の被弾であり、二度目の被弾では骨と化して死亡する。
ここで着目すべきは、この仕組みが単なる罰ではなく、アルテの戦いの再現となっている点である。隠された壺の中からは、アーサーがパンツ一丁の状態に限り、鎧が出現することがある。鎧を失った者のみが、鎧を再び得る機会を与えられる。守りを捨て、前へ進み続けた者にのみ、再起の道が開かれるのである。
鎧をまとっている間は一度だけ攻撃に耐えられるという、一見優しげな仕様は、実は「一度の被弾を、絶望ではなく覚悟の契機とせよ」という、アルテの教えの電子的な転生に他ならない。
五、結び
鎧は、砕けた時にこそ真価を問う。守りを失ってなお前進し続けた者のみが、勝利を掴む。アルテが古代ギリシャの戦場で示したこの真理は、二千年以上の時を経て、パンツ一丁で魔界を駆ける一人の騎士の背中に、確かに受け継がれているのである。
(民明書房刊)




