機信暗鬼(きしんあんき)
機信暗鬼考——人か、からくりか、疑い始めれば果てなし
(『偃師遺聞』民明書房刊・二〇一〇年/著者・疑機堂暗鬼)
「機信暗鬼」——精巧に作られたものと人の手になるものとの見分けがつかぬがゆえに、あらゆる物事に対して「これは機巧の産ではなかろうか」と、誰もが疑ってかかる心の有様を指すこの言葉。かの「疑心暗鬼」——疑う心が生み出した亡霊に怯える様を指す成語——と音韻近きゆえに混同されがちであるが、疑いの対象が「人の心」ではなく「機巧の仕業か否か」にある点で、両者は全く別物であることを、まずもって明らかにせねばならぬ。単なる言葉遊びと侮る者は多いが、この成語が周の穆王の世にまで遡ることを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは西周中期、穆王の治世である。西方巡遊の折、王のもとに一人の工匠・偃師が召し出され、自作の「人形」を献上したと『偃師遺聞』は伝える。『列子』にも類話が残るこの人形、歌えば音律に適い、舞えば拍子に合い、あまつさえ王の侍女に目配せまでしてみせたという。王は激怒して偃師を斬らんとしたが、偃師が人形を解体して見せたところ、中身は革と木と膠と漆、そして丹青の彩りのみであったと伝えられる。
ここまでは世に知られた話である。『偃師遺聞』が語るのは、その後日談である。
人形が王宮にて公然と披露されて以来、宮中の人々の心に、ある疑念が芽生えたと記録は語る。「あの人形があれほど人に似ていたのならば、今そこにいる者が人であるという保証が、いずこにあろうか」と。歌の上手い楽人は「あれは機巧ではないか」と囁かれ、見事な舞を舞う宮女は「からくりの仕掛けでは」と疑われ、果ては王の寵臣の弁舌さえ「中に歯車が回っているのでは」と陰口を叩かれる始末であった。
とりわけ深刻であったのは、工匠たちの境遇である。苦心惨憺の末に傑作を仕上げた職人が、「あまりに出来が良すぎる。これは偃師の機巧の技を盗んだものではないか」と詰め寄られる事態が相次いだと『偃師遺聞』は記す。人の手が至高に達するほど、かえって「人の手ではない」と疑われる——この逆説に、当時の名工たちは頭を抱えたという。
削り出しの実演——疑いを晴らす唯一の法
この時、疑いをかけられた一人の彫工・木削が、前代未聞の挙に出たと『偃師遺聞』は伝える。木削は精緻を極めた木彫の鳳凰像を献上したところ、「かかる細工が人の手に成るはずがない」と宮中の誰もが首を振り、機巧の産と決めつけたのである。
木削は弁明の言葉を一切費やさなかった。ただ、宮廷の庭に大衆の目の届く壇を設けさせ、一抱えもある無垢の楠の塊を据えさせた。そして居並ぶ群臣と民の面前で、鑿と槌のみを手に、その木塊を一削りずつ削り始めたのである。
削り始めの木塊は、ただの丸太に過ぎなかった。しかし日を重ねるにつれ、荒削りの輪郭が現れ、翼の張りが生まれ、羽の一枚一枚が刻まれてゆく。疑いの目で見守っていた者たちも、削り屑が足元に積もり、木削の掌が血豆に覆われ、額から汗が滴り落ちる様を目にするうち、やがて一人、また一人と口をつぐんだと記録は語る。七日目、最後の一刀が入れられ、鳳凰の目に生気が宿った時、居合わせた者は誰一人、「からくり」と口にする者はいなかったという。
老いた史官はこの光景を前に、こう記したと伝えられる。「疑いを晴らすは弁舌にあらず。ただ、作る過程を見せるのみ。完成品は偽り得ても、削り屑と汗は偽り得ぬ」と。以来、名工たちは己の作が人の手に成ることを証すべく、材を削り出す初めの一刀から、衆目の前に晒すようになったと伝えられる。
これを見た老史官が、当時の世情を総括して嘆じたという。「昔は偽物を見破らんとして疑った。今は本物を見ても疑う。目に映るもの、耳に響くもの、ことごとく機を疑い、信を置かず。これぞ機信暗鬼なり」と。これが「機信暗鬼」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
疑いの習慣という置き土産
注目すべきは、この故事の核心が、機巧そのものの出来栄えではなく、それが人の心に残した「疑いの習慣」にある点である。偃師の人形が一度でも人と見分けのつかぬ域に達した以上、以後はいかなる巧みな作を前にしても、人は無意識に「これは人が作ったのか」と問わずにいられなくなる。疑いは一度根を張れば、真に人の手になる作にまで及び、創る者の誇りを蝕み、見る者の感動を鈍らせる。この「模造の精巧さが、本物の信用をも侵食する」という構造こそが、この成語の恐ろしさであることは、機巧の歴史を紐解けば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
さらに注目すべきは、木削の実演が示した解決の型である。完成した結果のみを見せても、疑いは晴れない。結果が精巧であるほど疑いは深まるからである。ゆえに疑いを晴らすには、結果ではなく「過程」を晒すしかない。作る手の動き、積もる削り屑、滲む汗、失敗と修正の痕跡——こうした、機巧には本来不要で、人の営みにのみ宿る「不完全さと時間」こそが、人の手の何よりの証となる。この理は、制作の道を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
偃師自身はこの風潮を深く憂い、晩年、弟子に次のように語ったと伝えられる。「我が技が人を欺いたのではない。人が、欺かれることを恐れ始めたのだ。疑うことに疲れた世では、真心もまた、真心と認められぬ。されど木削のごとく、作る過程を堂々と見せる者がある限り、真心は必ず届く」と。
現代においても、機械の生み出す文章や絵画、音声が人の手になるものと見分けのつかぬ域に達し、どれほど心を込めて描かれた絵、書かれた文であっても、「これもまた機械の産ではないか」と疑いの目を向けられる場面は少なくない。かかる時、人はこの周代の彫工・木削の実演を思い起こすべきであろう。下描きから仕上げまでの制作過程を公開し、削り屑の如き試行錯誤の跡を晒すこと——それこそが、機信暗鬼の世にあって、本物であることを示す最も誠実な方法なのかもしれぬ。




