悪木当選(あくぼくとうせん)
悪木当選考——荒れたる土壌に、悪しき木のみ根を張る
(『民選興亡史』民明書房刊・二〇〇五年/著者・悪木堂選良)
「悪木当選」——民衆の見識、すなわち民度というものが低下した社会においては、選挙という仕組みが本来選び出すべき有徳の人物ではなく、ただ目立つことのみに長けた軽薄で不誠実な人間を押し上げてしまうことを指すこの言葉。「悪しき土壌からは、悪しき木しか生えぬ」との古来の譬えを、政治の場に転用したこの成語の淵源を知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは春秋時代、斉のとある邑における逸話である。この邑では、里の長を民の推挙によって選ぶという、当時としては珍しい慣習が行われていたと『民選興亡史』は伝える。邑を治めていた賢人・悪木堂選良は、ある年、この邑の土壌が長年の酷使によって痩せ果て、良質の作物が育たなくなっているのを憂いていたという。
選良はある日、村はずれの痩せた土地を指してこう語ったと記録は語る。「見よ、あの痩せ地には、いかに良き苗を植えようとも、根付くのは棘だらけの雑木ばかり。これは木の種が悪いのではない。土壌そのものが、良木を育てる力を失うておるのだ」と。この時、選良は傍らにいた門人にこう付け加えたという。「人の世もまた同じこと。民の見識という土壌が肥えておれば、そこには必ず徳ある者が選び出される。しかし民の見識が痩せ衰えれば、選ばれるのはただ声高く目立つばかりの、根の浅き者となろう」と。
この予言は数年後、選良の憂いた通りの形で的中することとなる。邑の民が目先の利害や扇動的な言葉に流されるようになった年、長の選挙にて選ばれたのは、日頃より派手な振る舞いと大言壮語で評判を取っていた、実務の才に乏しい男であったと『民選興亡史』は伝える。この男が長に就いて以後、邑の政はたちまち乱れ、数年を経ずして財政は破綻し、治安も悪化の一途を辿ったという。
この顛末を見た邑の古老が、選良の予言を思い出してこう嘆じたという。「まさに悪木当選なり。痩せた土壌から棘の木が生えたるがごとく、見識痩せたる民からは、かかる者しか選ばれぬのだ」と。これが「悪木当選」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この故事が選ばれた者個人の資質のみを問題視するものではない点である。選良が説いたのは、選ばれる者の質は、選ぶ側の見識の質を映す鏡に過ぎぬという、いわば因果の構造そのものであった。悪しき指導者を嘆く前に、その者を選び出した土壌——すなわち民の見識そのものを耕し直さねばならぬという教えこそが、この成語の核心であることは、政治の理を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
邑はその後、長年をかけて教育と議論の場を整え、民の見識を立て直す努力を重ね、ようやく土壌を肥やし直すことができたと伝えられる。
現代においても、選挙の結果として、実務能力や識見に乏しいながらも、話題性や扇動的な物言いのみで人気を集めた者が当選する光景は、洋の東西を問わず見受けられるものであろう。かかる時、人はこの春秋時代の賢人・選良の譬えを思い起こすべきであろう。悪しき当選者を嘆く前に、それを選び出した土壌そのものを省みる必要があるのかもしれぬ。




