全裸逃亡(ぜんらとうぼう)
全裸逃亡考——恥を捨ててこそ、命は拾える
(『欧州宮廷異聞録』民明書房刊・二〇〇一年/著者・裸身堂生存)
「全裸逃亡」——有事の際には体面も羞恥も一切かなぐり捨て、何はなくともまず逃げて生き延びることこそが最優先であるという教訓を指すこの言葉。単なる滑稽譚と片付ける者は多いが、この成語が中世ヨーロッパのとある女帝の、実際の危機一髪の経験に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは中世、とある小国の宮廷である。この国を治めていた女帝・裸身堂生存は、ある晩、政敵の放った刺客団の急襲を受けたと『欧州宮廷異聞録』は伝える。折悪しく女帝はちょうど沐浴の最中であり、衣一枚、剣一振りすら手元になかったという。
襲撃者側はこの状況を好機と見た。「女帝は女人なるがゆえに、いかに命の危機にあろうとも、裸身を晒してまで逃げ出すことはすまい。衣を纏おうとして手間取るところを討ち取れば良い」と踏んでいたと記録は語る。これは当時の宮廷社会において、高貴な女性が人前で裸体を晒すことが何よりの屈辱とされていた風潮を踏まえた、いわば読み筋であった。
ところが女帝はこの読みを見事に裏切った。浴室の扉が破られた刹那、女帝は一瞬の躊躇もなく、濡れた肌のまま裏手の窓から飛び出し、庭園を駆け抜けて城壁の外へと逃げ延びたと伝えられる。追手が衣を纏おうとする女帝の姿を待ち構えていた間、当の女帝はすでに裸のまま遠く離れた民家に転がり込んでいたという。
この顛末を後に聞いた女帝の重臣が、こう述べたと『欧州宮廷異聞録』は記す。「陛下は恥を捨てて命を拾われた。もし衣を纏う一瞬にこだわっておられたならば、今頃この世におられなかったであろう」と。これが「全裸逃亡」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この故事が単なる際どい脱出劇に留まらぬ点である。この女帝の判断の妙は、「命」と「体面」という二つの価値を一瞬にして天秤にかけ、迷いなく前者を選び取った、その判断の速さと徹底ぶりにあった。襲撃者の読みが外れたのは、まさに彼らが「体面を命より優先するであろう」という常識的な予断に囚われていたからに他ならない。有事における最優先事項は何かを、瞬時に見極め、余計な執着を一切振り払う胆力——これこそがこの成語の核心であることは、危機管理の要諦を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
女帝はこの後も長く国を治め、晩年にこの逸話を振り返ってこう語ったと伝えられる。「あの夜、もし一瞬でも衣を求めて足を止めておったなら、我が首はとうに刺客の手にあったであろう。恥とは、生きておればこそ気に病めるものよ」と。
現代においても、火災や災害など命に関わる有事の際、体裁や持ち物への未練が一瞬の判断の遅れを招き、取り返しのつかぬ結果に至る例は少なくない。かかる時、人はこの中世の女帝が裸身のまま駆け抜けた、あの決断の速さを思い起こすべきであろう。何はなくとも、まず逃げて生き延びること——それこそが全てに優先するのだから。




