狂歌酔月(きょうかすいげつ)
狂歌酔月考——月影に向かいて吐きし、憂さ晴らしの叫び
(『詩人奇行抄』民明書房刊・一九九九年/著者・酔月庵狂歌)
「狂歌酔月」——日頃の鬱憤を酒にて紛らわせ、その勢いのまま川面に映る月影へ向かって、取り留めのない暴言や怨嗟を吐き散らすことを指すこの言葉。単なる酔漢の奇行と片付ける者は多いが、この成語が唐代の不遇の詩人の逸話に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは唐代中期、科挙に幾度も落第し続けた一人の詩人・酔月庵狂歌である。狂歌は若き日より詩才に優れると自他共に認める人物であったが、官途への道はことごとく閉ざされ、不遇のまま中年に至っていたと『詩人奇行抄』は伝える。狂歌は己の才が世に認められぬ鬱屈を抱えながら、夜ごと近くの河畔に出ては、持参した酒を一人呷るのを常としていたという。
ある満月の晩、狂歌はいつにも増して杯を重ね、酔いが回るにつれ日頃の不満が堰を切ったように溢れ出したと記録は語る。狂歌は川面に映る皓々たる月影を睨みつけ、こう吐き捨てたという。「おのれ月よ、いつも涼しげな顔をして空に浮かび、我が不遇をただ眺めておるばかりか。科挙の試験官どもも、朝廷の腰抜けどもも、皆この月と同じく、我が才を見ようともせぬ」と、支離滅裂な怒声を月影に向かって延々と浴びせ続けたと伝えられる。
通りかかった漁師がこの様を目撃し、翌朝これを村中に語ったという。「あの詩人殿は、酔うては川の月に向かって狂うたように歌い、罵っておられたぞ」と。この話が広まり、「狂歌、月に酔いて喚く」との評判から、「狂歌酔月」の成語が定着したと『詩人奇行抄』は記す。これが初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この故事が単なる酔漢の愚行を嗤うものではない点である。狂歌が月に向かって吐いた暴言は、実のところ誰かに届けるための言葉ではなく、ただ鬱積した感情を安全に吐き出すための、いわば独り言の極致であった。相手が言い返すことも、傷つくこともない水面の月影を選んだところに、狂歌なりの分別——怒りの矛先を生身の人間に向けぬ知恵——が潜んでいたことは、詩人の処世を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
狂歌はその後も生涯官途に恵まれなかったが、この河畔での酔いと叫びの夜々に詠み散らした歌の数々が、死後になって偶然発見され、不遇の詩人の魂の叫びとして後世高く評価されるに至ったと伝えられる。
現代においても、仕事や人間関係の鬱憤を抱えた者が、酒の勢いを借りて、誰に届くでもない夜空や水面、あるいは独り言として悪態をつく光景は珍しくない。かかる時、人はこの唐代の不遇の詩人・狂歌の逸話を思い起こすべきであろう。月は何も答えぬが、ゆえにこそ、安心して憂さを吐き出せる相手でもあるのだから。




