発泡美人(はっぽうびじん)
発泡美人考——樽を担いて売り歩く修道女の系譜
(『修道院醸造史異聞』民明書房刊・一九九六年/著者・泡沫堂美酒)
「発泡美人」——愛嬌と華やぎを武器に、発泡する酒を背に担いで人々の間を売り歩く女性を指すこの言葉。転じて、球場の観客席を巡り、樽を背負って笑顔でビールを注いで回る売り子たちをも指すに至った成語である。単なる接客業の雅称と侮る者は多いが、この言葉が中世ヨーロッパの修道院における醸造事業に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは十七世紀、フランス北東部シャンパーニュ地方の修道院である。この地の修道士ドン・ペリニョンが、瓶内二次発酵によって泡立つ葡萄酒を完成させたと伝わることは、酒造史を齧った者であれば当然知っているであろうが、念のため詳述する。ところが『修道院醸造史異聞』が注目するのは醸造そのものではなく、その「販路」である。
この泡立つ酒、瓶の中で発酵が続くため破裂の危険が高く、修道院の男子たちが荷馬車で運べば、途中で瓶が次々と炸裂して大損害を招いたという。そこで院長が思案の末に採用したのが、修道女たちによる「担ぎ売り」であった。修道女たちは小ぶりの樽と数本の瓶を専用の背負い具に収め、揺らさぬよう静かな歩調で村々や市場を巡ったと記録は語る。慎ましくも朗らかな笑顔で「泡は神の祝福でございます」と酒を注ぐその姿は評判を呼び、市に集う男たちは競って杯を求めたという。
修道院の年代記には、その様を「泡立つ酒は、笑顔の泡を添えて初めて売れる」と記す一節がある。これが「発泡美人」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この売り手の魅力が単なる色香ではなく、「愛嬌」と「相手を楽しませる気配り」にあった点である。重い樽を背負いながら笑顔を絶やさず、雑踏の中でこぼさず注ぎ分けるには、体力・平衡感覚・機転のすべてが要る。すなわち発泡美人とは、華やぎと職人技の複合体であることは、接客の道を学びし者であれば当然理解できることであろうが、あえて詳述する次第である。
この売り歩きの作法は、やがて世俗の祭りや市へ、さらには大陸を越えて、新大陸の野球場へと姿を変えて受け継がれた。夏の夜、歓声の渦巻くスタンドの階段を、樽を背負い駆け上がり、帽子の下から笑顔で「いかがですか」と声をかける売り子たち。その軽やかな足取りの奥には、四百年前、泡立つ酒を揺らさぬよう慎ましく歩んだ修道女たちの姿が、今も静かに息づいているのである。




