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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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敗酒壊艶(はいしゅかいえん)

敗酒壊艶考——盃に敗れし時、艶やかさもまた失わる

挿絵(By みてみん)

(『閨秀酒訓』民明書房刊・一九九三年/著者・艶乃介酔香)


「敗酒壊艶(はいしゅかいえん)」——若く美しき女性が、酒量の限界を超えて飲み過ぎたがゆえに酒に飲まれてしまい、それまで保っていた立ち居振る舞いの艶やかさ、優雅さのすべてを失ってしまうことを指すこの言葉。単なる悪酔いの戒めと片付ける者は多いが、この成語が唐代の宮廷にて実際に語り継がれた、ある妃嬪の逸話に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


事の起こりは唐代中期、玄宗の宮廷に仕えていた妃嬪の一人、艶乃介(えんのすけ)である。艶乃介はその立ち居振る舞いの優雅さと、盃を傾ける所作の美しさをもって宮中随一と謳われていたと『閨秀酒訓』は伝える。宴の席にて艶乃介が静かに杯を口に運ぶ姿は、居合わせた者すべての目を奪うほどであったという。


ところがある年の花宴にて、艶乃介は珍しく杯を重ねすぎたと記録は語る。最初の数杯こそいつもの優雅さを保っていたものの、酒量が限度を超えるにつれ、その所作は次第に乱れ始め、ついには言葉遣いも足取りも常の艶やかさを一切失い、宴席の床に突っ伏して眠り込んでしまったという。この様を目撃した居並ぶ官吏たちは、皆一様に言葉を失ったと『閨秀酒訓』は伝える。


翌朝、事の次第を聞いた宮廷の老女官が、艶乃介にこう諭したという。「そなたの艶やかさは、その身に纏う衣でも化粧でもなく、酒と己が身とを制する所作の内にこそ宿りしもの。酒に敗れし時、その艶もまた同時に壊れ去るのだと、心得られよ」と。この一言が宮中に広まり、「敗酒壊艶」の成語として定着したと伝えられる。これが初出であることに、もはや疑いの余地はない。


注目すべきは、この教えが酒そのものを戒めるものではなく、「己を制する力こそが真の魅力の源である」という逆説を説いている点である。艶乃介の艶やかさとは、生まれ持った容姿のみによるものではなく、いかなる場においても己を律し続けるその立ち居振る舞いの内に宿っていた。酒に呑まれ、その自制を失った瞬間、外見そのものは変わらずとも、その人物から立ち上るはずの艶は跡形もなく消え失せてしまう——この「魅力とは自制の産物である」という洞察こそが、この成語の核心であることは、宮廷作法を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。


艶乃介はこの一件を深く恥じ、以後は宴席にて己の量をわきまえ、二度と同じ轍を踏むことはなかったと伝えられる。老女官の教えは後に『閨秀酒訓』として書物にまとめられ、宮中に仕える女官たちの間で長く読み継がれたという。


現代においても、普段は品よく振る舞う女性が、酒量を過ごした末に足元をふらつかせ、言葉を乱し、それまでの魅力が見る影もなくなってしまう光景は、宴席の折々に見受けられるものであろう。かかる時、人はこの唐代の宮廷に語り継がれた艶乃介の逸話を思い起こすべきかもしれぬ。艶やかさとは、酒に打ち勝つ自制の中にこそ宿るものなのだから。

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