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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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文殊実行(もんじゅじっこう)

文殊実行考——理を曲げてまで押し通す者が招く大損害

挿絵(By みてみん)

(『廟堂諫言録』民明書房刊・一九八九年/著者・強行斎頑迷)


「文殊実行(もんじゅじっこう)」——技術的、あるいは道理の上で無理があると初めから分かっていながら、それでも強引に事を推し進め、最終的に取り返しのつかぬ大損害を招くことを指すこの言葉。単なる無謀の代名詞と片付ける者は多いが、この成語が唐代の治水事業における、ある官吏の頑迷な決断に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


事の起こりは唐代中期、江南のとある州における大規模灌漑事業である。この州の刺史・強行斎頑迷(きょうこうさいがんめい)は、隣州にて名声を博していた水利の知恵者・文殊(もんじゅ)なる技師を招聘し、州内の乾いた台地に水を引く大掛かりな水路の建設を計画したと『廟堂諫言録』は伝える。


しかし当の文殊自身は、この計画の地形と水源を実地に調査した上で、刺史にこう進言したという。「この地は地盤が脆く、また水源となる川の水量が乏しゅうございます。このままの設計にて水路を通せば、いずれ地盤沈下と水漏れを招き、大破に至りましょう。設計を根本より見直すべきかと存じます」と。


ところが強行斎頑迷は、すでに朝廷にこの事業の完成を約束しており、今さら計画を覆せば己の面目と出世に関わると考えたと記録は語る。頑迷は文殊の諫言を退け、「そなたの名を冠したこの水路、必ずや成し遂げよ」と、技師本人の反対を押し切ってまで工事を強行させたのである。文殊は不本意ながらも刺史の命に逆らえず、己の見立てに反する設計のまま、工事の陣頭指揮を執らざるを得なかったという。


水路は完成からわずか数年にして、文殊が当初予見した通りに各所で地盤沈下と漏水が相次ぎ、ついには大規模な崩落を起こして周辺の田畑と村落に甚大な被害をもたらしたと『廟堂諫言録』は伝える。莫大な資材と人手、そして幾多の歳月を費やした事業は、一片の水すら台地に届けることなく潰えたのである。


この顛末を知った朝廷の史官が、こう記したと伝えられる。「文殊はすでに危うしと見抜きたるに、刺史はこれを聞かず強いて行わしめ、ついに大損を招きたり。これぞ文殊実行なり」と。これが「文殊実行」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。


注目すべきは、この故事の核心が「技術の失敗」そのものではなく、「失敗を見抜いていた当の専門家の声を、権威によって黙らせた」という構造にある点である。文殊は無能であったがゆえに失敗したのではない。むしろ最も的確にリスクを見抜いていたにもかかわらず、その名だけを利用され、意見は退けられたのである。専門家の警告と、それを押し切る権力者の面子——この二つが衝突した時に生まれる悲劇の型は、組織論・失敗学を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。


現代においても、この構図は姿を変えて繰り返される。技術的な困難や採算性への疑義が現場から上がっていながら、すでに投じた資金や国策としての面子ゆえに計画が押し通され、長年にわたる巨額の投資の末、ついに稼働もままならず廃止に追い込まれた高速増殖炉「もんじゅ」の顛末などは、まさにこの千二百年前の水路事業と同じ轍を踏んだ例として、後世しばしば引き合いに出されるところである。


現代においても、専門家が早い段階で「無理がある」と声を上げているにもかかわらず、すでに動き出した計画の面子や既得権益ゆえにこれを押し切り、最終的に莫大な損失を招くという構図は、枚挙にいとまがない。かかる時、人はこの唐代の水路事業の顛末を思い起こすべきであろう。名を冠された者の警告にこそ、最も耳を傾けねばならぬのだから。

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