幸運流水(こううんりゅうすい)
幸運流水考——吉凶ともに留まらず、ただ流れゆくのみ
(『老荘処世逸話集』民明書房刊・一九八七年/著者・流水庵無心)
「幸運流水」——良きことも悪しきことも、ただ川の水の如く流れ過ぎてゆくものであり、いずれか一方に固執することの空しさを説くこの言葉。単なる無常観の言い換えと侮る者は多いが、この成語が晋代、ある隠者の生涯を通じて体得された処世の悟りに由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは晋代、俗世を離れて山中に庵を結んだ隠者・流水庵無心である。無心はかつて若き日、都にて官途に就き、一時は異例の出世を遂げて周囲の羨望を集めたが、その直後、政変に巻き込まれて全ての地位を追われるという、栄枯盛衰の激しい半生を送ったと『老荘処世逸話集』は伝える。
官を追われた無心は、失意のまま郷里近くの渓流のほとりに小さな庵を結び、日々その水の流れを眺めて暮らすようになったという。ある日、かつての知己が訪ねてきて、無心にこう尋ねた。「貴殿はかつて都にて栄華を極め、その後どん底に落とされた。今この身の上をいかに思われるか」と。
無心はしばし渓流を眺めた後、こう答えたと記録は語る。「この川の水を見よ。上流より流れ来る水は、澄んでいようと濁っていようと、ひとところに留まることなく、ただ流れ去ってゆくのみ。我が半生もまた然り。出世せし時の喜びも、官を追われし時の悲しみも、いずれもあの水と同じく、留まらずして過ぎ去ったのだ。今さらいずれかに執着したとて、何の詮もなかろう」と。
この言葉が訪ねてきた知己を通じて都にも伝わり、「無心は幸運も不運も流水の如しと悟りたり」との評判が広まったと『老荘処世逸話集』は記す。これが「幸運流水」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この教えが単なる諦念や無気力を説くものではない点である。無心が説いたのは、良きことに驕らず、悪しきことに絶望せず、いずれもやがて過ぎ去るものと心得た上で、今この瞬間になすべきことに向き合うという、極めて能動的な処世の構えであった。川の水そのものは留まらずとも、その流れのほとりに立ち続ける者は、絶えず新たな水面と向き合い続けねばならぬ——この「流れゆくものを見送りながら、なお岸に立ち続ける」姿勢こそが、幸運流水の真意であることは、老荘思想を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
無心はその後、二度と官途に戻ることなく、生涯をこの渓流のほとりで過ごしたと伝えられる。晩年、弟子の一人が「師は栄達を惜しまれぬのですか」と問うたところ、無心はただ笑ってこう答えたという。「惜しむべきは流れ去りし水にあらず、今目の前を流るる水を見過ごすことなり」と。
現代においても、思いがけぬ幸運に舞い上がり、あるいは不運に打ちひしがれる時、人はこの晋代の隠者・無心の悟りを思い起こすべきであろう。良きことも悪しきことも、ただ流れてゆくものと心得れば、目先の吉凶に振り回されることなく、今この瞬間に静かに向き合う力が得られるのかもしれぬ。




