朝礼母壊(ちょうれいぼかい)
朝礼母壊考——閉ざされたる集落が独り身の母を軋ませる様
(『村落閉塞民俗誌』民明書房刊・一九八五年/著者・朝礼堂壊人)
「朝礼母壊」——古くからの因習残る町内会の朝の集いにおいて、夫を持たぬ母親の存在が格好の噂話の的とされ、日々降り積もる悪意なき詮索と好奇の視線に晒され続けた末、当の母親の心が擦り切れ、壊れていくことを指すこの言葉。かの有名な「朝令暮改」——朝に出した命令を夕方には改めるという、方針の定まらぬ様を指す成語——と音韻近きゆえに引用されがちであるが、両者はその成り立ちを全く異にすることを、まずもって明らかにせねばならぬ。
事の起こりは、いずれの地方とも判然とせぬが、山間の一集落における民俗調査の記録に見出されると『村落閉塞民俗誌』は伝える。この集落には、毎朝集落の広場にて顔役の長老が音頭を取り、住民一同が近況を報告し合う「朝礼」なる習わしが、数百年にわたり続けられていたという。表向きは相互扶助と情報共有を目的としたこの集いであったが、実態は住民同士の私事を監視し合う機能を色濃く帯びていたと記録は記す。
ある時、夫を亡くし、あるいは離縁して幼子を独りで育てることとなった母親が、この集落に暮らしていた。この母親、日々の暮らしに追われながらも懸命に子を育てていたが、朝礼の場では彼女の存在そのものが、格好の噂の種として扱われ続けたと『村落閉塞民俗誌』は伝える。「あの家はどうして父親がおらぬのか」「夜な夜な出歩いているらしい」といった、事実無根の詮索が、朝礼のたびに顔役や近隣の女たちの間でひそひそと交わされたという。
この母親は当初、こうした噂を意に介さぬよう努めていたが、幾年にもわたり毎朝繰り返されるこの視線と囁きに、次第に心を蝕まれていったと伝えられる。ついにはある朝、朝礼の場にて突如として言葉を発せなくなり、その場にうずくまってしまったという。この様子を目撃した集落の古老が、こう漏らしたと『村落閉塞民俗誌』は記す。「朝令暮改ならぬ、これは朝礼母壊なり。集いの場が、母を壊してしもうたか」と。これが「朝礼母壊」の初出であることに、もはや疑いの余地はない。
注目すべきは、この故事が単に一人の顔役や一人の悪意ある噂話好きを糾弾するものではない点である。この母親を追い詰めたのは、特定の誰か一人の悪意ではなく、閉ざされた小さな共同体において、異質と見なされた者へ向けられる、無自覚な視線の集積そのものであった。一人一人は些細な好奇心のつもりであっても、それが毎朝繰り返される集いの場で幾重にも重なる時、当人にとっては逃げ場のない重圧と化す——この構造こそが、この成語の核心であることは、閉鎖的共同体の心理を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
『村落閉塞民俗誌』の著者は、この逸話を締めくくるにあたり、こう記している。「集落の朝礼とは、本来相互扶助のためにこそあるべきもの。しかるにそれが監視と詮索の場と化す時、守るべきはずの共同体そのものが、最も守られるべき者を壊してしまう。これほどの皮肉があろうか」と。
現代においても、地方の旧い共同体において、シングルマザーやその他の「型にはまらぬ」家庭のあり方が、悪意なきはずの世間話の格好の的とされ、当人が気づかぬうちに孤立と疲弊を深めていく光景は、決して過去のものではない。この言葉が今なお静かに語り継がれるのは、集落という小さな世界の閉鎖性が、時代を超えて変わらぬ生きづらさを生み続けているからに他ならないのである。




