猛母斬鬼
猛母斬鬼考——鬼と称される者すら母の刃には抗えず
(『希臘母権戦史・続編』民明書房刊・一九七〇年/著者・母獅子女)
「猛母斬鬼」——たけだけしき母親は、いかに鬼と恐れられし強敵であろうとも、これを一刀のもとに斬り伏せることを指すこの言葉。前述の「猛母参戦」が我が子を救わんとする母の献身を描いたものであるとすれば、この「斬鬼」は、その献身が極限に達した時、いかなる強敵をも凌駕する力を発揮するという、猛母思想の頂点を示す成語であることは言うまでもない。
事の起こりは、先の獅子女より二代を経た後、同じくプラタイアの地に生きた母・鬼哭女の逸話に遡る。鬼哭女の息子・脆丙は、隣国トラキアとの戦にて従軍したが、この戦場には敵軍随一の猛将、その体躯と獰猛さより「人間鬼」と諸国から恐れられた大男・鬼牙が布陣していたと『希臘母権戦史・続編』は伝える。鬼牙は一戦にて敵兵十数名を単身で薙ぎ払う怪力の持ち主であり、正規の兵たちすら彼の名を聞くだけで浮足立ったという。
脆丙はこの鬼牙と対峙するや、恐怖のあまり槍を取り落とし、地に伏したまま身動きひとつできなかったと伝えられる。鬼牙が止めの一撃を振り下ろさんとしたその刹那、後方に潜んでいた鬼哭女が、亡き夫の形見である短剣一本を握りしめ、雷光の如く飛び出したという。
鬼哭女は鬼牙の巨躯を前にしても一切怯むことなく、逆にその懐深くへと飛び込み、鬼牙自身も虚を突かれて反応が遅れたと記録は語る。この一瞬の隙をついて、鬼哭女は短剣を鬼牙の喉元へと突き立て、あの「人間鬼」と恐れられた大男を、たった一撃にて斬り伏せてしまったのである。戦場に居合わせた双方の兵士は、この光景に言葉を失い、しばし戦闘そのものが止まったと伝えられる。
戦後、この様を目撃した隊長が鬼哭女にこう述べたという。「鬼牙は人間を超えし者なりしが、母もまた人間を超えし者なり。鬼をもって鬼を制すとは、まさにこの事なり」と。この一言が「猛母斬鬼」の初出であることに、もはや疑いを差し挟む余地はない。
注目すべきは、この故事が単なる武勇伝に留まらぬ点である。鬼哭女が並みの兵士すら怯む鬼牙を斬り伏せ得たのは、剣技の巧拙によるものではなく、我が子を守らんとする一念が、恐怖という感覚そのものを消し去っていたからに他ならないと『希臘母権戦史・続編』は解する。すなわち猛母の力とは、技量の高低を超越し、動機の純粋さそのものが刃となる現象であることは、母性の心理を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
現代においても、我が子が理不尽な強敵——社会の不条理、あるいは強大な相手——に打ちのめされそうになる時、母という存在がいかなる恐るべき敵をも恐れず立ち向かう姿を、我々はしばしば目にする。二千五百年前、鬼哭女が「人間鬼」を一刀のもとに斬り伏せたその故事は、母性の持つ底知れぬ力を今に伝える、貴重な戦史の一頁なのである。




