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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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軽禄(けいろく)

軽禄考——薄禄なれど去り難き仕官の妙

挿絵(By みてみん)

(『仕官処世訓』民明書房刊・一九七五年/著者・薄給軒禄之進)


「軽禄(けいろく)」——給与そのものは軽く薄けれど、それ以外の恩恵ゆえに、なかなか離れがたき職場・仕官先を指すこの言葉。単に「安月給の仕事」と片付ける者は多いが、この成語が漢代の官吏登用制度における、ある地方官の処世訓に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。


事の起こりは前漢中期、地方の小県に赴任した県丞・禄之進(ろくのしん)なる人物である。禄之進は科挙ならぬ郷挙里選を経て官途に就いたものの、赴任した先は辺境の貧県であり、俸禄は都の官吏に比べて実に十分の一にも満たなかったと『仕官処世訓』は伝える。禄之進のもとには、より高禄を提示する近隣の富県より度々引き抜きの誘いが届いたという。


しかし禄之進は、この誘いを幾度も固辞し続けた。その理由を問われた禄之進はこう答えたと記録は語る。「この県、俸禄こそ軽けれど、県令は寛容にして口出しせず、公務は定刻に終わりて我が学問の時を奪わず、また県内には良質の温泉湧きて、日々の疲れを癒すに事欠かぬ。かかる恵みは、いかなる高禄をもってしても購い難きものなり」と。


禄之進はさらに、この県における人間関係の希薄な干渉と、上官の細事に立ち入らぬ性質、そして何より己の裁量にて仕事を進められる自由の大きさを挙げ、「禄は軽けれど、実入りは決して軽からず」と述べたと伝えられる。この考え方が同僚官吏たちの間に広まり、俸禄の多寡のみを仕官の判断基準とせぬ処世の知恵として定着したのである。


これが「軽禄」の初出であることに、もはや疑いを差し挟む余地はない。注目すべきは、この故事が単なる清貧の美徳を説くものではなく、極めて実利的な損得勘定に基づいていた点である。禄之進は俸禄の軽さそのものを美徳としたわけではなく、高禄の県に移った場合に失うであろう時間的自由・精神的余裕・裁量権といった「見えざる俸禄」を天秤にかけ、総合的に軽禄の地に留まる方が得策であると判断したに過ぎぬのである。この損得勘定の妙は、処世術を学びし者であれば当然理解できることであろうが、あえて詳述する次第である。


禄之進はその後、生涯この貧県に留まり続けたが、晩年に著した回顧録にて「禄の軽きを厭いて富県に転じたる同輩の多くは、後に激務と煩雑なる人間関係に病み、職を辞す者すら出でたり。我はついぞこの県を離れずして幸いなり」と記したと伝えられる。


現代においても、給与水準こそ他社に見劣りするものの、労働環境の良さ、裁量の大きさ、あるいは人間関係の心地よさゆえに、なかなか転職に踏み切れぬ職場というものは少なくない。かかる時、人はこの前漢の県丞・禄之進の処世訓を思い起こすべきであろう。禄の軽重のみを見て、その職場が己にもたらす総和の恵みを見誤ってはならぬのである。

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