排水の陣(はいすいのじん)
古来、決死の覚悟で戦いに臨むことを指す言葉として「背水の陣」があることは、読者諸兄も当然知っているであろう。しかし、兵法史において真に恐れられ、数多の軍勢を底なしの絶望へと引きずり込んだ究極の罠が、発音を同じくする「排水の陣」であることは意外にも知られていない。
その起源は、紀元前三世紀の中国、春秋戦国時代の奇才軍師・泥水明が考案した城郭防衛の秘儀に遡る。
圧倒的な敵の大軍に城を包囲された彼は、突如として城の周囲に張り巡らせた水堀の水を全て抜く(排水する)という奇策に出た。
城の最大の防御が消滅したと見た敵軍は狂喜し、一斉に水のない堀の跡地へと突撃を敢行した。しかし、これこそが泥水明の仕掛けた戦慄の罠であった。
水が抜け切った後の堀底は、長年の堆積物によって一歩踏み出せば腰まで埋まる底なしの泥濘と化しており、重武装の敵兵たちは身動き一つ取れぬまま、泥の海で全滅の憂き目に遭ったのである。
すなわち、「排水の陣」とは、自らの防御壁を故意に取り払い、相手に「容易に攻め落とせる」という致命的錯覚を抱かせて油断させ、死地へと誘い込む無慈悲なる奸計に他ならない。
驚くべきことに、この数千年の歴史を持つ血塗られた兵法は、現代社会においても形を変え、脈々と受け継がれているのである。
それは現代の男女間の駆け引きにおいて、女性が意図的に酒を多量に摂取し、酩酊状態を装うことで自らのガード(水堀)を下げるという局地戦術に顕著に見られる。
愚かな男たちは「防御が薄くなった」「容易に落とせる」と油断を誘発され、軽薄なる欲望のままに攻め入る。しかし、翌朝男を待っているのは、甘美な勝利などではない。そこにあるのは「既成事実」という決して抜け出せぬ泥沼であり、「婚約」という生涯にわたる絶対的拘束の要求である。
自ら水を抜いて(盃を干して)隙を見せる戦略は、まさに現代に蘇った「排水の陣」であることは言うまでもない。読者諸兄も肝に銘じておくべきであろう。無防備に思える甘い誘惑の裏には、常に致死量の毒が潜んでいるのである。
民明書房刊『中国古代兵術に見る男女攻防の深淵』より




