迷狂死酔(めいきょうしすい)
迷狂死酔考——決断の道を見失いし者の末路
(『処世煩悶録』民明書房刊・一九七二年/著者・迷路亭酔生)
「迷狂死酔」——いかにすべきか一切の判断がつかず、狂わんばかりに思い悩んだ挙句、事態を打開する術を見出せぬまま、死ぬほどの量の酒に溺れて現実から目を逸らすことを指すこの四字熟語。単なる自堕落な酒浸りの様と片付ける者は多いが、この言葉が明代の官僚社会における、とある人物の悲喜劇的な逸話に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは明代中期、科挙に及第し地方の県令として赴任した官吏・迷心なる人物である。迷心は学問においては人後に落ちぬ秀才であったが、いざ実務の場に立つと、些細な訴訟一つを裁くにも右か左か決めかね、日がな一日書斎で頭を抱えて唸るばかりであったと『処世煩悶録』は伝える。
ある年、迷心の管轄地にて、隣接する二つの村が水利を巡って深刻な対立に陥った。双方の村長が県庁に詰めかけ、いずれに水利権を認めるかの裁定を迫ったが、迷心はどちらの言い分にも一理あるように思え、幾日も判断を下せずにいたという。この間、両村の対立は日増しに険悪化し、ついには小競り合いにまで発展する事態となった。
追い詰められた迷心は、いよいよ狂わんばかりに思い悩み、寝食も忘れて書斎を歩き回るばかりであったと記録は語る。しかしどれほど思案を重ねても、答えは一向に見えてこない。ついに迷心は裁定を下すことそのものを放棄し、県庁の裏手にてひとり酒甕を抱え、朝から晩まで浴びるように酒を呑み続けたという。従者が案じて声をかけても、迷心はただ「もはや儂には裁く力なし」と繰り返すのみであったと伝えられる。
数日後、泥酔したまま昏倒しているところを発見された迷心を見て、駆けつけた上官がこう嘆じたという。「迷いて狂うが如く悩み、ついには死ぬほど酔いて現実より逃げしか」と。この一言が「迷狂死酔」の初出であることに、もはや疑いを差し挟む余地はない。
注目すべきは、この故事が単なる無能な役人の失態譚に留まらぬ点である。迷心は決して怠惰であったわけではなく、むしろ双方への配慮ゆえに判断がつかなくなったという、いわば「誠実さゆえの機能不全」に陥っていたのである。決断を下すべき局面において、あらゆる可能性を検討し尽くそうとするあまり、かえって何一つ選び取れなくなり、最終的には思考そのものを酒によって強制停止させてしまう——この心理の陥穽は、処世を学びし者であれば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
結局この水利紛争は、迷心の上官が代わりに裁定を下すことで収拾したが、迷心自身はその後まもなく職を辞し、郷里にて隠遁生活を送ったと伝えられる。
現代においても、進路や仕事、人間関係の岐路に立たされた者が、いかにすべきか判断がつかぬまま思い悩み続け、最終的には答えを出すことそのものを放棄して酒に逃げ込む光景は珍しくない。かかる時、人はこの明代の県令・迷心の顛末を思い起こすべきであろう。狂うほど迷った末の酒は、何一つ問題を解決してはくれぬのだから。




