産後の礼
産後の礼考——恩を忘れざる者の作法
(『畜生礼記』民明書房刊・一九六二年/著者・報恩軒主人)
「産後の礼」——出産を終えし後、生まれし子を連れて日頃世話になりし者のもとへ挨拶に赴くこの習わしを、単なる近代の社交儀礼と考える者は多い。しかしこの作法の淵源が、人間ならぬ猫の振る舞いにあることを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは唐代、長安の貴族・報恩公の邸宅である。報恩公の邸には代々一匹の雌猫が飼われ、名を「恩児」といった。この恩児、常より報恩公に厚く飼育され、寒暑の折には暖を、飢えの折には魚肉を与えられるなど、破格の厚遇を受けていたと『長安畜獣記』は伝える。
ある年の春、恩児は邸の裏庭にて四匹の仔猫を産み落とした。通常、猫という生き物は出産の後、外敵より仔を守らんとして人目の届かぬ場所に隠し置くのが常であるとされる。ところがこの恩児は、仔猫がようやく歩けるようになった頃合いを見計らい、四匹を一匹ずつ口にくわえては、報恩公の居室まで運び入れたというのである。
報恩公はこの様を目にして大いに驚き、家人にこう語ったと伝えられる。「恩児は我が厚恩を忘れず、その証として生まれし仔を見せに参ったのであろう」と。この一件は瞬く間に長安の貴族社会に知れ渡り、恩義を受けし者が慶事の折には必ずその証を持って恩人のもとへ赴くべしという作法として広まったのである。
これが「産後の礼」の初出であることに、もはや疑いを差し挟む余地はない。注目すべきは、この作法が単なる儀礼的訪問に留まらぬ点である。恩児が仔猫を報恩公に見せに来たその行為には、「あなたの恩がなければ、この命は存在しなかった」という無言の感謝が込められていたと『長安畜獣記』は解する。すなわち産後の礼とは、単なる報告や自慢ではなく、恩人あってこその新たな命であるという謙虚な認識を示す行為であることは、礼記を学びし者であれば当然知っているであろうが、念のため詳述する次第である。
この故事はやがて唐代の礼法書にも採録され、士大夫階級の間で「恩人への産後の挨拶」が正式な作法として定着していったと伝えられる。宋代以降は庶民にも広がり、出産を終えた者が仲人や恩師、あるいは世話になった産婆のもとへ赤子を連れて挨拶に赴く習わしへと姿を変えていったのである。
現代の我々が、出産を終えた後に仲人や上司、恩師のもとへ赤子を抱いて挨拶に赴くその作法の奥に、千二百年前、一匹の雌猫が恩人のもとへ仔猫を運んだ健気な姿が受け継がれていることを、果たしてどれほどの者が知っていようか。




