酔虎の交わり
酒乱…
酔虎の交わり考——猛獣と化す者同士が周囲に及ぼす災禍
(『市井闘乱録』民明書房刊・一九六七年/著者・酔虎堂乱人)
「酔虎の交わり(すいこのまじわり)」——酒に酔いて理性を失いし者同士が正面よりぶつかり合い、その巻き添えとして周囲の者どもが甚大なる被害を被る様を指すこの言葉。単に「酔っ払い同士の喧嘩」と片付ける者は多いが、この成語が唐代の長安、とある酒楼にて実際に起こった惨劇に由来することを知る者は、今日ほとんど残っていないのである。
事の起こりは唐代中期、長安の繁華街に軒を連ねし酒楼「虎嘯楼」である。この酒楼には、当時「二虎」と恐れられた二人の豪傑が、示し合わせたわけでもなく、しばしば同時刻に来店していたと『長安酒肆逸聞』は伝える。一人は北方出身の武人・虎牙、もう一人は南方出身の商人上がりの力士・虎髭。両者とも常人の三倍は酒を呑み、酔えば人が変わったように猛り狂う性癖を持っていたという。
普段は互いに顔を合わせても会釈を交わす程度であったこの二人が、ある晩、卓を挟んで座した際、酒の勢いも手伝ってか、些細な杯の順番を巡って口論となった。虎牙が「貴様の酌み方は無礼千万」と一喝すれば、虎髭も「その物言いこそ礼を知らぬ」と応酬し、両者はついに卓を蹴り立てて掴み合いに及んだと伝えられる。
この乱闘、尋常なものではなかった。虎牙と虎髭、いずれも常人離れした膂力の持ち主であったため、二人が卓を挟んでぶつかり合う様は、さながら二頭の虎が檻の中で咆哮し合う光景そのものであったと目撃者は語る。卓は粉々に砕け、酒甕は次々と割れ、居合わせた他の客どもは巻き添えを恐れて我先にと逃げ惑ったという。中には逃げ遅れて足を踏み潰され、あるいは飛び散った陶器の破片で怪我を負う者すら出たと『長安酒肆逸聞』は記す。
酒楼の主人が仲裁に入ろうとするも、酔いに任せて猛り狂う両者の前ではなす術もなく、結局この乱闘は虎嘯楼の柱一本を圧し折るまでに発展し、店そのものが半壊する惨事となったと伝えられる。翌朝、正気に戻った虎牙と虎髭は互いに何を争ったかすら覚えておらず、ただ酒楼の主人と、巻き添えを食った客どもへの莫大な賠償だけが残されたという。
この一件が長安中の評判となり、「虎牙と虎髭が交われば、酒楼一つ持たぬ」との諺が生まれ、これが後に「酔虎の交わり」として定着したことは、もはや疑いようがない。注目すべきは、この故事において実害を最も被ったのが、争いの当事者ではなく、無関係な周囲の客どもであったという点である。酔いて虎と化す者同士がぶつかり合う時、その爪牙は当人同士のみならず、周囲一帯を無差別に薙ぎ払うことは、闘乱の史書を紐解けば当然知っているであろうが、あえて詳述する次第である。
現代においても、酒場にて酔漢同士が声を荒げ始めた時、賢明なる客はまずその場を離れるべきである。千二百年前の虎嘯楼における惨劇が示す通り、酔虎の交わりに巻き込まれて得るものは、ただ一片の怪我と修理代の連帯責任のみなのだから。




