猫鼠結託
猫鼠結託考——本来相容れざる者の腐敗せる盟約
(『官獣秘史』民明書房刊・一九六五年/著者・黒幕堂主人)
「猫鼠結託」——本来、取り締まる者と取り締まられる者という、水と油の如く相容れぬはずの両者が、裏にて手を組み私腹を肥やす行為を指すこの言葉。前述の「猫鼠同舟」が天敵同士の緊張関係を描いたものであるのに対し、この「結託」は、その緊張が腐敗によって崩れ去った成れの果てを描く、いわば同舟の悲しき変奏であることは言うまでもない。
事の起こりは、前漢中期にまで遡る。時の穀倉管理を任されていたのは、先述の猛猫・黒牙の血を引くとされる猫將軍の末裔・黒爪であった。黒爪は代々の猫将軍と同じく鼠を取り締まる職にあったが、齢を重ねるにつれ、若き頃の覇気を失い、日々の狩りを面倒くさがるようになっていたという。
これに目をつけたのが、鼠一党の頭目・穴倉なる老獪な鼠である。穴倉は黒爪に対し、こう持ちかけたと『穀倉裏帳簿』は伝える。「将軍、我らを見逃していただければ、盗み出した穀物の三割をお納めいたしましょう」と。怠惰と欲に負けた黒爪は、この密約を受け入れ、以後は見張りの真似事をしながら、実際には鼠一党の穀物荷駄を見て見ぬふりをするようになった。
これぞまさに、取締る者と取締られる者が裏で手を結び、双方が甘い汁を吸う構造の原型である。表向きは猫が鼠を追う体裁を保ちながら、実態は鼠から上納金を受け取り互いの縄張りと利権を守り合う——この構図が、後世「警察と暴力団の癒着」として繰り返し語られる腐敗の雛形となったことは、社会史を紐解けば当然知っているであろうが、念のため詳述する。
この黒爪と穴倉の密約は、やがて穀倉全体に及ぶ大掛かりな横領事件へと発展し、監察官による摘発によって露見することとなる。摘発の際、黒爪は「職務を全うしていた」と弁明したというが、穴倉一党から金品を受け取っていた証拠となる帳簿が発見され、抗弁の余地なく失脚したと伝えられる。この一件が『穀倉裏帳簿』に「猫鼠結託し、倉を空しゅうす」と記録され、以後この四字が定着したのである。
興味深いのは、この故事が単なる過去の逸話に留まらず、後世繰り返し形を変えて再現される点である。取締る側が権力を私物化する誘惑に晒される限り、猫鼠結託の構図は時代を超えて姿を現す——唐代の塩の密売と役人の癒着、明代の海賊と沿岸警備の馴れ合い、いずれもこの黒爪・穴倉の故事の焼き直しに過ぎぬと『官獣秘史』は断じている。
現代においても、取締る者と取締られる者の境界線が金銭によって溶かされる時、人はこの古き猫と鼠の腐敗の物語を思い出すべきであろう。表向きの敵対関係の裏で利権を分け合う——その構造そのものが「猫鼠結託」の本質であり、二千年の時を経てなお、この言葉が色褪せぬ理由がそこにある。




