打杭落猿
打杭落猿考 ―地を崩し、大猿を屠る兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
打杭落猿とは、いかに強大にして直接には手も足も出せぬ相手であろうとも、その相手そのものに刃を向けるのではなく、相手が拠って立つ足場・環境・地盤そのものを崩し去ることによって、結果的にこれを打ち倒すという策である。
正面より攻めるならば、いかなる猛者もこれを退けることは叶わぬであろう。しかし発想を転じ、「敵を倒す」のではなく「敵の立つ場所を消す」と考えれば、いかなる強大な相手であろうと、もはやこれに抗う術を持たぬ。敵の力そのものは些かも損なわれておらぬにもかかわらず、敵はただ立っていることすらできなくなる――これぞ本策の真髄であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、語源と起源
この策の起源として後世必ず引き合いに出されるのが、古代中原の山間の村に古くより伝わる、暴れ猿討伐の逸話である。この地には代々、村人の手には到底負えぬ一頭の巨大な猿が住み着いており、村の作物を荒らし、時に人をも襲うことがあったと伝えられる。猛者や猟師が幾度となく討伐に赴いたが、猿は村外れの切り立った高台に棲み、その膂力たるや尋常ならず、いかなる武器をもってしても近づくことすら叶わなかったという。
村に一人の知恵者――**杭落延**なる老人がいた。彼は猿と正面から戦うことを最初から放棄し、こう考えたと伝えられる。「猿の力に敵う者はおらぬ。ならば、猿の立つ地面そのものを敵とすればよい」と。彼は幾夜にもわたり村人を集め、猿の棲む高台の周囲の地中深くに、無数の杭を密かに打ち込ませた。杭は高台を支える地盤の急所を巧みに狙い、外見上は何ら異変のないまま、静かに地の下に打ち込まれ続けたという。
すべての杭が打ち終わったその夜、杭落延は村人に命じ、これを一斉に引き抜かせた。地盤は瞬く間に緩み、崩れ、高台はその重みに耐えかねて轟音とともに崩落したと伝えられる。猿は己の膂力をいかんなく発揮する暇すら与えられず、ただ足場もろとも地に転がり落ち、これを取り押さえた村人によってついに討伐されたという。刃を交えることなく、猿の力を些かも損なうことなく、しかし猿を確実に打ち倒したこの一計は、後世「杭落の計」として、兵法家の間で密かに語り継がれることとなったのである。
三、後世への影響 ―樽と足場を蹴り崩す配管工の逸話―
なお、この杭落延の哲学が、時を超えて実に興味深い形で、二十世紀の遊戯文化の中にその姿を現していることは、諸君も薄々察していることであろう。昭和五十六年、任天堂より発売された業務用ゲーム筐体『ドンキーコング』において、プレイヤーは工事現場めいた足場を舞台に、樽を投げつけてくる巨大な猿と対峙する。しかし興味深いことに、このゲームにおいて主人公が猿そのものに直接刃を向け、これを討ち倒すという場面は、実は物語の構造上ほとんど存在せぬ。主人公が最終的に成すのは、猿の立つ足場そのものを外し、崩落せしめることにより、猿を強制的にその場から引きずり下ろすという一事のみである。
正面から立ち向かえば到底敵わぬ強大な相手を、その足元の構造を崩すことによって制するというこの一連の流れは、杭落延が古代中原にて用いた策と、寸分違わぬ発想であることは、もはや偶然の一致などという言葉で片付けられるものではない。強者そのものを打ち倒す力を持たぬ者であっても、強者を支える足場を見極め、これを静かに崩し去る知恵さえあれば、いかなる巨獣であろうと、いずれその座から引きずり下ろされる定めにあるのである。
四、結び
力に力で対抗せんとする者は、いつか必ず力の差に敗れる。しかし敵の力そのものではなく、敵の立つ場所――足場、地盤、拠り所――にこそ目を向ける者は、いかなる巨悪、いかなる強者であろうと、これを制する道を見出し得る。杭落延が古の山里で証明したこの理は、幾星霜を経て、遊戯の中の巨猿にすら、確かに受け継がれていたのである。
(民明書房刊)




