火炎紋章の計
火炎紋章の計考 ―盗品を元手に、成りあがる兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
火炎紋章の計とは、社会の裏に生きる者が、盗み得た財貨をそのまま懐に収めるのではなく、これを元手として軍を興し、あるいは商を興し、表舞台において正当な権力者・成功者として成り上がるという策である。
盗みは一時の富をもたらすに過ぎぬ。しかしこれを元手として組織を築き、権威を纏い、世に認められる地位にまで登り詰めれば、過去の悪行は栄光の陰に隠され、もはや誰もこれを問い質すことはできぬ。盗品を、盗品のままに終わらせぬ――この一線を越えられるか否かが、一介の盗人と、一国の始祖とを分かつ分水嶺であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、後世への影響 ―竜の秘宝を盗みし者の建国―
なお、この計の本質を最もよく体現する物語として、後世必ず引き合いに出されるのが、平成六年に発売された家庭用ゲームソフト『ファイアーエムブレム 紋章の謎』にて語られる、アカネイア聖王国建国の秘話である。物語の中で明かされるところによれば、アカネイア聖王国の初代国王アドラ一世は、その出自を辿れば一介の盗賊に過ぎなかったという。
彼はラーマン神殿の神官長を欺き、その他の神官を皆殺しにしたうえで、竜族の秘宝たる封印の盾を盗み出し、その盾にはめ込まれていた聖玉を抜き取って売り払い、これによって得た莫大な資金を元手に軍隊を組織した。盗み出した三種の伝説の武器もまた彼の手にあり、この軍勢の力をもって周辺の都市国家を次々と統合し、ついにはアカネイアという一大王国を建国するに至ったのである。盗品を売りさばいて得た金で兵を雇い、盗んだ武具で国を平らげる――これぞまさに、火炎紋章の計の完成形と言えよう。
そして彼は、自らに幸運をもたらしたこの盾を、あろうことか自らが建てた王家の紋章として、代々の子孫にまで受け継がせたのである。盗人が、盗んだ品を自らの家紋として掲げ、それが数百年にわたり一国の権威の象徴として崇められ続けたという、この皮肉極まりない構図こそ、火炎紋章の計の恐るべき成功例であり、同時に、後の悲劇の種でもあったのである。
三、悲運 ―血脈にまとわりつく報い―
しかしながら、この盗み出された炎の紋章にまつわる因縁は、決して幸福な結末を迎えることはなかった。アカネイア建国から数百年を経てなお、この紋章を巡る血脈には悲恋が繰り返された。アカネイアの初代の血を引く英雄アンリと、王女アルテミスとの恋は貴族たちの反対によって引き裂かれ、二人は結ばれることのないまま終わったと伝えられる。
アドラ一世が竜族を蔑む呼び名として考案した言葉は、後の竜族の恨みを買い、大規模な戦乱の遠因の一つになったとも語られている。建国から幾星霜を経て、大国アカネイアそのものもまた、内なる腐敗と衰退の末に、その終焉を迎えることとなったのである。盗みによって築かれた栄光の根には、常に、いつか噴き出す膿が静かに溜まり続けていたのである。
四、現代への遺訓 ―表に出でぬ金主という名の「アドラ一世」―
なお、この火炎紋章の計の本質――「悪事の実行者は末端に留め、盗み得た財のみを元手として、自らは表舞台にて正当な権威を築き上げる」――という構造は、決して古のゲームの中の物語に留まるものではない。今日、社会を騒がせる闇バイトによる特殊詐欺・強盗事件の背後には、必ずと言ってよいほど、決して自らの手を汚さず、姿すら見せぬ**「金主」**なる存在が控えていることは、諸君も報道等で見聞きしたことがあろう。
アドラ一世が、神官を手にかけ盾を盗むという凶行そのものは自ら実行しながらも、後にはその出自を隠し、盗品を元手にした富と武力によって、誰もが平伏す一国の王として君臨したように、現代の金主もまた、実行犯たる「受け子」「出し子」「掛け子」――事の全容すら知らされていない末端の駒――を巧みに使い捨てながら、自らは決して現場に姿を現さぬまま、吸い上げた金を暗号資産や海外送金を通じて洗浄し、表社会において不動産や事業を営む「成功者」として、あるいは何食わぬ顔で日常を送り続けているという構図が、各地の摘発事案から繰り返し明らかになっている。
末端の実行犯のみが摘発され、糸を引く金主にはなかなか手が届かぬというこの構造は、坑道の奥深くに潜んだまま姿を見せぬ首謀者――前述玉鼠の計にも通じる非情な理――と、そしてこの火炎紋章の計に描かれた「盗みを元手に正当な権威へと成り上がる」という古の野望とが、見事なまでに重なり合うものであることは、もはや偶然の一致などという言葉で片付けられるものではない。
盗んだ盾を家紋として掲げたアドラ一世のように、闇の金で築いた富もまた、いつか必ず、その根に眠る血と涙の記憶によって、静かな、しかし逃れようのない報いを呼び込むことになるであろう。悪事をなして得た栄華に、真に安寧の日は訪れぬのである。
(民明書房刊)




