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民明書房刊 役に立たないネコのコトワザ図鑑   作者: ロータスシード


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玉鼠の計

玉鼠の計考 ―無知なる者を運び屋と為す兵法―

挿絵(By みてみん)

出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)


一、定義


玉鼠の計(ぎょくそ・のけい)とは、盗み出した財貨をあえて自らの手で運ぶことをせず、事の真相を一切知らぬ、あるいは知らされてすらいない無垢な存在――それが鼠であれ、あるいは人であれ――にこれを負わせ、番人や役人の目を欺いたまま外へと運び出させるという策である。


財を盗む者と、財を運ぶ者とを分離する。これがこの策の核心である。運ぶ者が事の全容を知らねば、たとえ道中で捕らえられようと、糸を手繰られる先――真の首謀者――にまでは容易に辿り着かれぬ。無知なる者を隔壁として用いる、まことに狡猾にして、しかし極めて合理的な一計であることは、もはや言うまでもなかろう。


二、語源と起源


この策の起源として後世必ず引き合いに出されるのが、南米アンデス山中の鉱脈にて、遥か古の頃より密かに語り継がれてきた**「玉鼠延(ぎょくそ・えん)」**なる盗掘団の頭目の逸話である。


当時、この地に眠る宝石鉱山は、山中に築かれた砦にて厳重な検問が敷かれ、坑夫は坑道を出るたびに全身を隈なく調べられるのが常であった。人の手による持ち出しは、もはや不可能に近かったという。玉鼠延はここに一計を案じる。すなわち、坑道内に巣食う野鼠を数十匹捕らえ、これに小さな宝石の欠片を体に括り付け、坑夫が交代する隙を突いて坑道の隙間から外へと放ったのである。番人はまさか鼠の体に財が括り付けられているとは思いもよらず、これを取り締まる術を持たなかった。鼠自身もまた、己が何を運ばされているかなど知る由もなく、ただ本能のままに外の巣穴を目指して駆けていくのみであった。


この体に宝石を括り付けられて坑道を抜け出す鼠たちの姿は、月明かりの下で宝石が仄かに光る様から、いつしか土地の者に**「カーバンクル」**――光る石を持つ小獣――として恐れと畏敬をもって語られるようになったと伝えられる。玉鼠延自身は最後まで表舞台に姿を現すことなく、財のみが忽然と山を抜け出していくこの現象は、後世、盗掘史上最も巧妙な策の一つとして密かに書き記されることとなったのである。


三、後世への影響 ―無知なる運び手という宿命の役回り―


なお、この玉鼠延の哲学――「事の全容を知らぬ者にこそ、最も危険な役目を負わせよ」――は、決して古のアンデスの山中に埋もれた過去の逸話に留まるものではない。今日、我々が社会面にて度々目にする、いわゆる特殊詐欺における「受け子」「出し子」なる存在の構造は、この玉鼠の計と寸分違わぬものであることは、もはや指摘するまでもなかろう。


首謀者は決して自らの姿を晒すことなく、電話一本、指示一つで、事の全容を何も知らされていない、あるいは「簡単な仕事」とのみ聞かされた者を集め、これに現金や口座を直接受け取らせ、あるいは引き出させる。運び手自身は、己が運んでいるものが誰の涙の結晶であるかを知らぬまま、ただ言われるがままに動くのみである。そして道中にて捕らえられるのは、常にこの何も知らぬ運び手であり、坑道の奥深くに潜む真の首謀者には、容易に手が届かぬ。玉鼠延が坑道の鼠に託した宝石が、今日では「闇バイト」なる甘言に釣られた無知なる者の手へと姿を変えただけのことであり、その構造の本質は、千年近い時を経てなお、些かも変わっていないのである。


四、結び


無知であること、それ自体が、時として誰かの道具として利用されるための、最も好都合な条件となってしまう。玉鼠延がアンデスの山中で見出したこの非情な理は、光る鼠の伝説となって語り継がれながらも、その本質においては、今なお現代社会の暗部に、確かに息づいているのである。


(民明書房刊)

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