馬鹿の計
馬鹿の計考 ―権勢をもって理を捻じ伏せる兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
馬鹿の計とは、本来ならば到底通用せぬはずの劣った物・低き価値の物を、正論や道理によってではなく、ただ己が握る権勢の重みのみをもって強引に押し通し、周囲の者にこれを事実として認めさせてしまうという、まことに恐るべき一計である。
道理を説いて人を従わせるは、政の初歩に過ぎぬ。真に権勢を極めた者は、道理そのものを己の都合の良いように書き換え、誰一人としてこれに異を唱えられぬ空気を作り上げてしまう。劣った物を劣ったままに認めさせる――これぞ権力というものの、最も純粋にして最も恐ろしい発露であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、語源と起源 ―世に流布する俗説の誤り―
この語の由来として、世間には秦代の悪臣・趙高が、二世皇帝胡亥に鹿を献上しながら「これは馬である」と言い張ったという逸話が広く知られている。しかしこの通説を鵜呑みにする者は、いささか歴史の機微に疎いと言わざるを得ない。いかに趙高が権勢を恣にしていたとはいえ、群臣居並ぶ朝廷にて、誰の目にも明らかな鹿を「馬である」と言い張ったところで、これほどまでに後世に語り継がれる椿事とはなり得なかったであろう。真に恐るべきは、そこまで単純な虚偽ではない。
『秦宮異録』の異本が伝えるところによれば、趙高が実際に献上したのは、当時「馬鹿」――皇帝に献上される大型の鹿、体躯堂々として馬にも比肩し得ると称された高級な鹿――と並び称されるほどの価値を持つ、と自ら喧伝した鹿であったという。しかしその実態は、南方原産の小柄な鹿、俗に**「梅花鹿」**と呼ばれる、斑紋の美しさこそあれ体躯は小さく、到底「馬鹿」の名に値せぬ品であった。趙高はこの梅花鹿を群臣の前に引き出し、平然とこう言い放ったと伝えられる。「これぞ梅花にあらず、紛うことなき馬である」と。
群臣のうち幾人かは、その体躯の小ささ、斑紋の柄、明らかに「馬鹿」の名に値せぬ品であることを内心では見抜いていたであろう。しかし趙高の権勢を恐れるあまり、誰一人としてこれに異を唱えることができなかった。かくして小柄な梅花鹿は、道理をねじ曲げられたまま「馬」として認められ、朝廷という朝廷を沈黙させたのである。単に鹿を馬と偽ったという単純な虚言よりも、本来ならば「馬鹿」にすら値せぬ劣った品を、あたかも最上級の品であるかのごとく権勢のみで押し通したという、この二重の欺瞞にこそ、この故事の真に恐るべき点があることは、もはや論を俟たぬであろう。
三、後世への影響
「馬鹿」という語が、後世「愚か」を意味する言葉として日本語に定着した経緯には諸説あるが、この趙高の故事――すなわち、明らかに劣った品を、権勢のみで最上級の品として押し通し、それに誰も逆らえなかったという構図――が、いつしか「道理の通らぬ愚かな物言い」そのものを指す言葉として転じていったとする説は、決して軽んじられるべきものではない。
四、結び
性能において明らかに劣る物であっても、これを認めぬ者を排除し得るだけの権勢さえあれば、劣った物は劣ったままに、堂々と最上級の物として世にまかり通ってしまう。趙高が二千年以上前の朝廷にて証明したこの恐るべき真理は、道理や実力よりも、時として権力そのものが物の価値を決定してしまうという、人間社会の抜きがたい病理を、今なお静かに我々に問いかけているのである。
(民明書房刊)




