氷剣強奪
氷剣強奪考 ―目先の利、冥府への一里塚―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
氷剣強奪とは、目先にちらつく小さな利――たとえそれが一振りの美しき剣に過ぎずとも――に目が眩み、これを得んがために本来踏むべきでない道を選び、その一時の欲得の代償として、最終的には自らの魂そのものを地獄へと差し出す羽目に陥るという、まことに救いのない策である。
策と呼ぶにはあまりに短絡、あまりに浅慮。しかしこの一計を侮ってはならぬ。人という生き物は、いつの世においても、目先の小さな輝きに手を伸ばした瞬間、己がどれほど大きな深淵の淵に立たされているかに、まるで気づかぬものなのである。
二、語源と起源
この策を最も端的に体現する逸話として、後世の兵法家が必ず引き合いに出すのが、遥か北方の氷雪の地に伝わる剣士**氷剣延と、彼の友であった冥府迦羅葉**なる剣士の因縁である。
冥府迦羅葉は元来、正々堂々たる剣の道を歩む剣士であり、その手には冷気を纏う名剣**「氷の剣」**が握られていた。氷剣延は当初、この友と手を組み、正道をもってこの剣を譲り受けようとしたと伝えられる。しかし、それには些か遠回りな手続きと時間を要した。ここで氷剣延は、あろうことか最も短絡にして最も愚かな道を選ぶ。すなわち、友であったはずの冥府迦羅葉その人を、剣を得んがためだけに、自らの手にかけたのである。
友を手にかけたその瞬間より、氷剣延の名は闇の帳簿――後世に伝わる**「三邪神の記録簿」――にその悪行を刻まれることとなった。そして、この行いの報いは、決して比喩ではなく、文字通りの意味で彼を冥府**そのものへと導いたと伝えられる。氷剣延はその後、冥府の底にて、かつて自らが手にかけた友の亡霊と、幾度となく擦れ違うこととなったという。友を殺めてまで得た氷の剣を携え、地獄の底を彷徨い歩くその姿は、後世「目先の利に殉じた者の末路」として、幾多の兵書に警句として書き記されることとなったのである。
三、後世への影響 ―選択という名の試練―
なお、この氷剣延の逸話は、時を超えて実に興味深い形で現代の娯楽文化にも影を落としていることは、諸君も薄々察していることであろう。平成四年に発売されたスクウェアの家庭用ゲームソフト『ロマンシング サ・ガ』において、プレイヤーは冒険の道中、氷の剣を持った一人の剣士と出会い、これを仲間として正道の道を歩むか、あるいはその人物を殺めて剣を強奪するかという、氷剣延の逸話をなぞったかのごとき二者択一を突きつけられる。
そして興味深いことに、この時、剣を奪うという短絡な選択をした者ほど悪行の値が積み重なり、そのまま冥府と称される地獄めいた領域へと物語上導かれてしまうという構造が、このゲームには明確に組み込まれている。目先の一振りの剣という利のために、本来歩むべきでない道を選んだ者が、そのまま文字通り地獄への扉をくぐらされる――この因果応報の構図が、氷剣延の故事と寸分違わぬものであることは、もはや偶然の一致などという言葉で片付けられるものではなかろう。
四、結び ―現代に潜む同じ罠―
かくして、この氷剣強奪という一計の本質――**「目先の小さな利のために、取り返しのつかない一線を越え、そのまま奈落へと転がり落ちる」**という構図は、決して古の物語や、遊戯の中だけの絵空事ではない。
今日、若者が「割の良い仕事」「簡単に稼げる」という甘言に釣られ、深く考えぬまま軽々しく身を投じてしまう、いわゆる**「闇バイト」**なる犯罪の入り口もまた、この氷剣強奪の構造と寸分違わぬものであることは、もはや指摘するまでもなかろう。目先に提示された「氷の剣」――すなわち僅かな報酬――に目が眩み、軽い気持ちで一線を越えた者を待つのは、氷剣延がそうであったように、二度と後戻りのできぬ、深く暗い冥府への道のみなのである。
目先の輝きに手を伸ばす前に、その先に何が待つかを、今一度顧みねばならぬ。これこそが、氷剣延の物語が千年近い時を超えて我々に伝える、最も重い教訓なのである。
(民明書房刊)




