鼹抗撲鼹(もぐらたたき)
鼹抗撲鼹考 ―出づるを叩く、際限なき兵法―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
鼹抗撲鼹とは、地中深くに幾重にも張り巡らされた鼹鼠の坑道の如く、根本を絶つことの叶わぬ問題に対し、地上に顔を出した個々の事象――すなわち坑口より頭をもたげた鼹鼠その一匹一匹――のみを、その都度その都度、力の限り叩き伏せていくという策である。
この策の恐るべき点は、根治ではなく対症のみに終始するがゆえに、叩けば叩くほど、他の坑口から次々と新たな頭がもたげ続けるという、終わりなき消耗を宿命として内包している点にある。しかし策として劣るものと侮るなかれ。地下構造そのものを崩すことが叶わぬ状況において、地上を守り抜く唯一の手段が、この際限なき撲打であることもまた、紛れもない現実であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、語源と起源
この策の起源として後世の兵法家が必ず引き合いに出すのが、北宋の頃、辺境の農地一帯を荒らし回った野鼠の大群と、これに対峙した地方官**撲鼹延**の逸話である。
当時、辺境の穀倉地帯は地中に無数の坑道を張り巡らせた鼹鼠の群れに悩まされ続けていた。坑道網はあまりに広範かつ複雑であり、地を掘り返してこれを根絶やしにすることは、農地そのものを壊滅させることと同義であった。撲鼹延はここに一つの決断を下す。すなわち、地下の根絶を諦め、地上に顔を出した個体のみを、木槌を持った兵に交代で叩かせ続けるという、地道極まりない策であった。
この撲打は昼夜を問わず、幾星霜にもわたって続けられたと伝えられる。坑口は幾つも幾つも新たに現れ、兵はそのたびに槌を振るい続けた。根絶には至らずとも、農地の被害は着実に抑えられ続けたという。撲鼹延自身、晩年に「これは勝利にあらず、ただ負けぬための戦いなり」と語ったと伝えられており、この諦観にも似た哲学こそが、鼹抗撲鼹という策の本質を最もよく物語っていると言えよう。
三、現代への遺訓
なお、この撲鼹延の故事が、時を経て如何なる経緯を辿ったかについては、諸君も薄々察しがついていることであろう。昭和四十年代、遊技場を営んでいた一人の興行師が、古書に記されたこの逸話に着想を得て、坑口から次々と頭をもたげる標的を木槌で叩き続けるという遊戯機を考案したことは、もはや広く知られた事実である。「モグラ叩き」――この今日誰もが一度は興じたことのある単純明快な遊戯の奥底に、実は千年近く前の辺境の地で繰り広げられた、終わりなき消耗戦の記憶が静かに眠っていようとは、果たしてどれほどの現代人が想像し得ようか。
叩いても叩いても、また新たな頭がもたげる。この構造は、遊戯機の中だけの話ではない。組織における不祥事、社会における犯罪、あるいは日々の業務における些末なトラブル――根本を絶つことの叶わぬ問題と向き合う我々もまた、撲鼹延の兵と何ら変わらぬ姿で、今日もまた槌を振るい続けているのである。
(民明書房刊)




