鼹抗焼穴
鼹抗焼穴考 ―地底に眠る不滅の火―
出典:『兵法異聞・裏三十六計大全』(著・欅田柾彦/民明書房刊・大正十四年)
一、定義
鼹抗焼穴とは、鼹鼠の穿った巣穴のごとく地中深くに張り巡らされた坑道に一度火が入るや、地上からはその存在すら窺い知れぬまま、幾星霜にもわたって燃え続け、ついには地そのものが内側から焼け崩れるという、時間軸において他のいかなる兵法をも凌駕する策である。
水攻めであれば、水を抜けば止む。しかしこの策の恐るべき点は、一度地中に落とし込まれた火種が、地上のいかなる者の意志とも無関係に、ただ地下に堆積した燃えるものが尽きるまで、独り歩きして燃え続けるという一点にある。攻めた者ですら、もはやこれを止める術を持たぬ。攻撃が、攻撃者の手を離れて独立した生き物と化す――これぞ鼹抗焼穴の真髄であることは、もはや言うまでもなかろう。
二、語源と起源
「鼹」の字は、地中を穿ち進む小獣・鼹鼠を指す古字であるが、この字が兵法用語として転用されたのは、地下に眠る**「燃える石」**――すなわち石炭層の存在が知られるようになった漢代以降のことと伝えられる。
後漢の頃、辺境の地を治めていた将**焦穴延**は、敵軍が籠城する城の地下に、鼹鼠の巣穴さながらに幾重にも枝分かれした天然の岩層――後にこれが石炭を豊富に含む地層であったと判明する――が広がっていることを間諜より聞き及んだ。彼は坑道を伝って火種を地下深くへと運び込ませ、あえて事を急がず、じわりじわりと地層そのものに燃え移らせた。
地上の城壁には、当初何の異変も見られなかったという。しかし数ヶ月を経た頃より、城内の井戸から生温い蒸気が立ち昇り、地面のあちこちから硫黄混じりの煙が噴き出し始め、ついには城の礎石そのものが内側から陥没を始めたと伝えられる。焦穴延の名を冠したこの一計は、火を放った本人がすでに戦場を去った後もなお燃え続けたことから、「攻撃に終わりなし」の異名を持つ、最も陰惨な策として後世に密かに語り継がれることとなったのである。
三、現代への遺訓
なお、この鼹抗焼穴の理は、決して過去の兵法譚に留まるものではない。今日においても世界各地の炭鉱地帯にて、坑内で発生した火災が地下深くの石炭層そのものに燃え移り、地上からの消火活動が及ばぬまま数十年、時に百年以上にわたって燃え続けるという事例が現実に存在することは、諸君も見聞きしたことがあろう。
かかる炭層火災は、酸素の供給を断とうにも坑道が複雑に入り組んでいるがゆえに完全な密閉が叶わず、地表からの散水もまた、地中深くにまで浸透せぬまま蒸発してしまう。それどころか地表に亀裂や陥没を生じさせ、有毒な煙を噴き出させ、時には地上の集落そのものを放棄に追い込むことすらある。これを単なる産業事故と片付けるは容易いが、その炎の奥底に、千八百年前、焦穴延が地に埋めた一片の火種が今なお燃え続けているのだと考えれば、地の底というものの底知れぬ恐ろしさを、改めて思い知らされるのではあるまいか。
地に潜む火は、目に見えぬがゆえに、最も恐るべき敵なのである。
(民明書房刊)




