水仙混韮(すいせんこんきゅう)
民明書房刊行物より抜粋
『毒圃秘伝・偽情報防諜の系譜』
著者:韮山 偽卿 民明書房刊 一九七四年
水仙混韮
現代人はこう嘯く。「アンケートには適当に答えておけばいい」「個人情報は偽って登録しておくのが賢い」と。これを単なる面倒くさがりの怠慢と見做す者があるとすれば、それは歴史への冒涜に等しいと断じざるを得ない。
まず「水仙混韮」なる術理を分解せねばなるまい。「水仙」は美花なれど球根に毒を蔵する植物、「韮」は無害にして食用に供される野草、「混」はその二者を見分けがたく織り交ぜること――すなわち「善と害を同一の畑に植え、収穫者自身に選別の労と過誤を強いる」計であることは、もはや説明の要すらなかろう。
時は紀元前四世紀、中国・江南の地に「毒圃門」なる隠密宗門が存在した。当時、江南一帯を支配せんとする豪族は、村々に「収穫使」なる徴税官を放ち、民の作物・財貨のみならず、家系・婚姻・所在に至るまで悉く記録・収奪しようとした。素朴に応じれば全てを奪われる。かといって拒めば粛清される。この二者択一の絶望の中から生まれたのが、当時の門主・韮 幽玄が編み出した「水仙混韮の計」に他ならない。
その要諦は単純にして峻烈である。真の情報(韮)の畑に、猛毒の水仙を紛れ込ませて栽培し、収穫使には「どれが本物か分からぬ収穫物」を丸ごと持ち帰らせる。徴税使は精査に精査を重ねるが、真贋の判別に膨大な人手と時間を溶かし、最終的には「集めた記録そのものが信用できぬ」という結論に至り、収奪の意欲そのものを内側から腐らせるのである。
この毒の配合技術を継承するため、門下生は雲霧立ち込める山中にて三年、来る日も来る日も水仙の球根を刻み、韮の根と見分けのつかぬ断面に仕上げる修練に明け暮れたと伝えられる。一片の判別ミスが同胞の命を刈り取ることになるため、私情を挟む余地などあろうはずがない。
現代においてメガテック企業が個人の閲覧履歴・購買傾向・位置情報を際限なく収奪せんとする様は、まさにかつての収穫使の再来であることは論を俟たない。これに対し、心ある利用者が意図的に偽の趣味嗜好を選択し、誤った回答をアンケートに紛れ込ませ、レコメンドの精度そのものを内側から瓦解させる行為――これぞ二千三百年の時を超えて甦った「水仙混韮の計」その人であると、我々は認識を新たにせねばならない。




