九頭竜の計
民明書房刊『兵法秘伝・九頭竜相伝考』(著者・観柳斎源蔵、大正十四年刊)より抜粋。
九頭竜の計
現代においては、組織における「複数の意思決定者を置く」という統治手法は、いわば当然の経営常識として語られる。しかし、この思想の淵源が、遥か古代中国の戦乱の世に発する秘伝の兵法であることを知る者は、今や皆無に等しい。
まず、その名称「九頭竜」の字義から検証せねばなるまい。「九」とは単なる数詞に非ず、古代中国において「窮まりなき数」「無限の予備」を象徴する聖数であったことは、識者にとっては論を俟たない。「頭」は文字通り首魁・指揮系統を意味し、「竜」は皇統・天命を象徴する霊獣である。すなわち「九頭竜」とは、字義そのものが「首を幾つ落とされようとも尽きることなき指揮系統」を体現しているのである。
「擒賊擒王」への対抗原理として
三十六計における「擒賊擒王」――賊を捕らえるにはまず王を擒にせよという斬首戦略――は、春秋戦国の乱世において絶大な効果を発揮した戦術であった。一撃にて敵将の首級を挙げれば、指揮系統は瞬時に崩壊し、烏合の衆と化す。この理は、現代の組織論における「中枢を断てば全体が停止する」という原則と、寸分違わぬものである。
しかるに、この必勝の理に対抗せんと編み出されたのが、九頭竜の計に他ならない。
時は後漢末期、群雄割拠の混乱期。とある山岳民族の頭領が、幾度となく首魁を討たれ部族を滅亡寸前まで追い込まれた経験から、ある結論に達したという。「頭が一つである限り、我らは滅びる」と。彼はここに、指揮系統そのものを多重化するという発想――すなわち、正統たる頭領のほかに、影武者たる「副頭」を複数擁立し、いずれか一つの首が落とされようとも、残る頭が瞬時に指揮を継承するという体制――を確立した。これが後世「九頭竜の計」と呼称される所以である。
現代への継承
この思想が、現代組織における「権限分散」「複数意思決定者制」「冗長性の確保」として脈々と継承されていることは、もはや説明を要さぬであろう。斬首作戦、すなわち「擒賊擒王」がいかに鋭利であろうとも、九つの頭を同時に落とさぬ限り、竜の身体は動き続ける。これぞ、二千年の時を超えて現代組織論に息づく、東洋兵法の真髄なのである。




