14 プライベートな旅行
翌月の土日、俺と智佳は、結局一緒に新幹線に乗っている。
旅行に行くには有給をとって平日に行くのが一番だが、役職を持つものが同じ日に休むのはあまりよろしくないという判断から、少々の混雑を覚悟してこの日を選択したらしい。
さすが、仕事の配慮ができる部下は違う。
新幹線の中では智佳が「ここに行きませんか?」「あ、これ食べてみたい!」とスマホで検索しながら、まるで修学旅行にいく中学生のようにはしゃいでいる。
俺は未だに、部下と二人でこうして旅行に行くという状況を飲み込みきれずにいた。
だが、智佳がスマホを見せながら相槌を求めてくるので、気分を害しては行けないと思い意見を述べるうちに、だんだん楽しみになってきていた。
金沢に行きたいと言ってきたのは智佳だった。
俺は、「了解」とだけ書いた付箋と飲み物を智佳のデスクに置いた。それで今回旅行に行くという話がまとまり、智佳が宿と新幹線の予約をしてしまった。
因みに行き先は100%智佳チョイス。俺の意見は全く聞かれていない。
付箋に書いてあった時間に、指定された駅に向かったら、智佳がやってきて、切符を差し出してきたのだ。
この決断力と行動力があるから、この若さで係長やってるんだよな。本当に、皮肉なまでに優秀な部下だ。いや、皮肉だけど。
「部長、楽しみですね♪」
今まで以上に屈託のない輝いた笑顔ではしゃぐ智佳を見て、きっと男なら可愛いと思わない人はいないだろう。それくらい彼女はテンションが上っていた。
「なあ、栗田。プライベートな旅行先で『部長』はやめないか?」
「プライベートな……旅行……」
そうつぶやくと「うふふふふふ」とスマホで顔を隠しながら、破顔してにやけ始めた。
そういう反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「プライベートな旅行先で『部長』って呼ぶと、なんだか禁断の関係みたいですね」
「あーそうですね、だから呼び方を変えてくれると嬉しいな」
「なんでそんなに棒読みなんですか」
禁断の関係って言葉が智佳の中で流行っているのかわからないが、断じて違うし、だんだん面倒になってきたので、わざと棒読みで返す。
智佳は胡乱げな表情で、こちらをじーっと睨んくる。
「わかりました。じゃあ部長じゃなくて太一さんって呼びますね」
「え、なんで下の名前!? 前は普通に名字呼びだったのに」
智佳はスマホを顎に当てながらニヤリと笑った。
「だって、『プライベートな旅行』ですからね」
「はい?」
「鈍いなあ」
智佳は顔を俺に近づけて囁くように耳打ちをする。
「これって、デート……ですよね?」
俺は思わずドキッとする。
至近距離で耳打ちをされたこともだが、分かってはいたことだが、改めてこれがデートだと認識させられたからだ。
「じゃあ、私は太一さんって呼びますね!」
俺が黙ってしまうので、智佳は勝者の笑みとも言わんばかりにニコニコしている。
大事なことなので2回言いましたというその顔はすこしイラッとする。
「まあ、別になんて呼ばれようが気にしないけど」
「そうですか、ご了承いただけてよかったです。そしたら部長……太一さんは私のことを智佳って呼んでくださいね」
「は??」
俺はそのロジックに全くついていけなかった。なんで俺が下の名前で呼ばれることを承諾すると、俺も下の名前で呼ぶことになるんだろう。
「だって、なんでも言うことを聞くって……言いましたよね?」
「それって今回の旅行をドタキャンしないとかそういうことじゃなくて!?」
「そんなこと一言も言いましたか?」
「……言って、ないな」
「はい決定。ちゃんと下の名前で呼んでくださいね。呼んでくれなかった返事しませんから」
いたずらっぽく笑みを浮かべてこちらを見つめてくる智佳。俺に反論する余地は残されていなかったので観念した。
「……わかったよ。この旅行の時だけだぞ」
「よろしい。因みに、太一さん、ドタキャンしようなんて、考えていたんですか?」
目を細くして横目でじっと見つめてくる智佳から、圧のようなものを感じる。
「そ、そんなこと考えてないよ。単純に1つ目のお願いなんだったのかなって考えていただけで、付箋にも了解って返事したじゃん」
「じゃあ……旅行、楽しみにしてくれてました?」
身長差もあるせいか、少し上目で聞いてくる。それは、かわいいから反則だと思う。
「そりゃ、栗……智佳と一緒の旅行なんて、普段の仕事のご褒美みたいなものだからな。すごく楽しみにしていたよ」
「そうですか、ご褒美ですか、そうですか、それなら良かったです」
一瞬目を丸くした智佳は、つぶやくように言葉を返す。智佳は靴を脱いで膝を抱えて、膝の間に顔をうずめていた。ふと見ると、智佳の耳は真っ赤になっている。
智佳はその状態で「うふふふ」と笑い、「じゃあ、せっかくの旅行、楽しみましょうね♪」と満面の笑みで、俺の方に笑いかけてきた。




