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三十六話 綻びと真実のエトセトラ

 第三の神殿は王都から見て北の荒れ地に有り、周辺の地帯を含め、ほぼ無人の荒野に打ち捨てられた廃墟となっていた。


「本当にこんなところに伝説の神獣にまつわる神具があるというんですの?」


 草木の無い荒れ地には大小の岩がゴロゴロとしており、吹きすさぶ寒風は、夏ですらこの気温なら冬は何ものも生きてはいけない極寒となるだろうと想像させた。


「この神殿には長きにわたり王国の民には知らされなかった真実と聖女の記憶が封印されているの。ここでヒロインは辛い真実を知ることになるのよ」

「……その言い方ですと、あなたは既に封印されている記憶とやらの内容をご存知のようですけれど?」


 わたくしのツッコミにクローディアがはっとした表情をして誤魔化すように引き攣った笑みを浮かべた。


「内容はまだ知らないのよ。ただそんな記憶が封じられているって夢で知ったから。でも私はどんなにつらい真実でも、受け止めて、未来を導いていく覚悟はできてるの」


 クローディアの言葉は芝居の台詞のように空虚で、自分に酔っているようなふわふわとした響きを持っていた。

 彼女の言葉が事実なら、神獣は魔道帝国時代、魔導皇帝と聖女に忠誠を誓い、王国騎士の裏切りによって命を落とし、今でも魔導皇帝の亡骸を守る封印として各神殿に祀られている、ということになる。

 けれどあの獣や大蛇は……。


「さあ、この奥に入るわよ! マリアベルさんもぐずぐずしないで、先に入って!」


 坑道のカナリヤ扱いに拒否を表明したが、神殿兵と巫女に引き摺られるようにして暗い神殿の奥へ向かう通路へと放り込まれた。

 仕方なく光の玉を灯し、通路を進む。

 換気口がどこかにあるのか通路の中は多少埃っぽい以外は正常な空気が漂っている。まっすぐに進んでいくと、やがて何かの彫像を祀った祭壇が見えてきた。


「何かありましたわよ」


 後方についてきているであろうクローディアに声をかける。


「そのまま進んで、彫像の足元を確認して欲しいの」


 人使いの荒い聖女様だこと、と思いつつ、言われた通り彫像の足元に近付いた時、足元の床がいきなり消えた。


「きゃぁぁあああっ!!」


 そのまま暗闇に落ち、床にしたたかに全身を打つ。

 痛みにのたうち回りながら周囲を見渡すと、どうやら地下室らしき空間になっている。

 頭上には先ほどわたくしが落ちて来たであろう穴が四角に開いている。そこから顔をのぞかせたのはクローディアだった。


「マリアベルさん大丈夫? すぐそっちに行くから、待っててね!」


 そういうとクローディアの顔は引っ込んだ。

 どうやら穴から直接降りてくるのではなく、どこかから回り込んでくるようだ。

 痛む身体を叱咤しながら起き上る。

 目の前には大きな石でできた箱のようなものがある。

 その蓋が微かに開いているのが見えて、恐る恐る近付いた。


「これは……柩…………?」


 重く動かないように見えた蓋は、手を触れた途端、スライドするようにずれて、中身が露わになった。

 真っ赤な、キラキラと輝くルビーの翼、鋭いかぎづめ、少女とも少年とも取れる上半身を持ち、静かに眠る顔は美しく幼い。金色の髪は長く、棺の中に広がっている。


「アンリお兄様?!」


 思わず声が出るほど、その化け物の顔立ちは兄、アンリ・ドゥ=トレーズ・フォン・ロートレックに瓜二つだった。

 これで目を開いたら蒼眼だったりしたら、アンリお兄様そのものだ。


「どうして……化け物がアンリお兄様の顔を……?」


 アンリお兄様は今、王都で暗闇のドームの中、お父様たちと共にいる筈だ。

 近付いてその顔を覗き込む。よくよく見れば、肌の質感が人のそれとは異なっている。キメの細かな肌は一見すると人間の皮膚に似ているが、よくよく見ると非常に細かなうろこ状になっていて、真珠色の光沢がわずかに混ざっている。


「似ているけれど……お兄様ではないわ」


 ホッと息を吐いてその額に触れた時、化け物がカッと目を見開いた。室内を赤く焼け付くような光が覆う。


「きゃぁあ!!」


 目の前が真っ赤に染まり、やがて一つの映像となって頭の中に映し出された。


『……この神殿のハルピュイア全てを処分しろとの……様のご命令だ。……悪く思うな』

『どうして?! どうしてそんなひどいことをするの?! この子たちはずっとずっととじこめられて、そらもとべずにずっとここをまもってきたのに』

『すべては……様の御ため。災厄を逃れるためにはハルピュイアの瞳が必要なのだ。お前の後ろにいるそいつで最後だ』

『だめ! この子は……この子の瞳はあかないの! ……さまのもとめるものはこの子はもっていないわ!』


 瞳を閉ざしたハルピュイアとそれを庇って立つ薄汚れた少女が見える。

 白銀の鎧を着た戦士が高々と剣を振り上げ、少女と対峙している。

 痩せこけ、元の髪色も、肌の色も分からない程に薄汚れた少女はただ一つ、汚れの無い翠玉の瞳で戦士を見上げている。

 大柄な戦士を前にして、その肩はガクガクと震え、弱々しい肢体は盾にすらなりきれないだろうことは一目瞭然だった。


『キュィイイ!』


 瞳を閉ざしたまま泣き声を上げるハルピュイアは、少女を己の前からどかそうとしているが、両足を鎖と錘に拘束された身体では身動きが取れず、その翼に少女を抱きこむしかできないようだった。

 戦士の剣が一切の容赦なく一人と一頭へ振り下ろされた瞬間、景色は弾け、わたくしの視界には元通りに蓋のしまった柩と、落ちた時と変わらぬ地下室の光景が広がっていた。


 その後、わたくしが落ちた穴とは別の地下への通路から入ってきたクローディアは柩の蓋に飾られていた紅い宝玉を神殿兵の手を借りてむしり取った。


「これでルビーハルピュイアの宝玉が手に入ったわ。この宝玉はハルピュイアの瞳とも呼ばれている紅玉でできているの。神獣のハルピュイアはこんな綺麗な瞳をしていたのね。ちょっと見て見たかったわ」


 クローディアたちが柩の宝玉を外す時、かなり柩を叩いたり、揺さぶったりしていたのだが、柩の蓋はびくともしなかったのだ。


「まあ、柩を開けても今中に入ってるのはミイラ化してるだろうから気持ち悪くて見れたもんじゃないんだけど」


 わたくしが見たハルピュイアの遺骸はミイラ化などはしていなかった。まるで眠っているように美しく、生前の姿のままだった。

 けれど、それをこの女に話してやる必要は感じなかったので、わたくしは別の事を口にした。


「あの地下室への入り口はどのようにして見つけましたの?」

「ああ、あれは彫像の罠が作動した後に連動して開くようになっているの。ちょっと遠回りなんだけど、安全に地下室に入れるし、ちょうど良かったわ」


 何がちょうど良かったのかは聞くまでもない。

 クローディアはおそらくあの罠を知っていてわたくしを先に歩かせたのだ。そうすれば安全に自分は地下室へ至れるからと。


「……地下室に入って、何かご覧になりました?」

「え? あ~……見たわよ、うん、見た見た。一瞬だけだったけど、イベント内容は知ってるし、問題ないでしょ」


 アレは、クローディアが見る筈だったものだろうか……。それとも……。


「聖女がハルピュイアの死を嘆き、棺に納めてその死を弔った。ハルピュイアの瞳で棺とこの神殿全体を封印し、ハルピュイアを殺した王国兵への憤りに真実を詳らかにすると心を決めるイベントなの。でも私の心は最初から決まってるからシナリオ通りよ」


 宝玉を手にしたことで気が緩んでいるのだろうか、クローディアは戻る道すがらよく喋った。

 そのお喋りに耳を傾けながら、あれは聖女の記憶などではないと再確認する。

 あの映像の中、聖女らしき姿は何処にもなかったし、ハルピュイアに剣を振り下ろしたのは王国兵ではなかった。


「いったい……どうして……」


 ポケットに手を入れて、大蛇に牙と共にそこに在るモノを確かめる。

 あの映像が消え去って、現実へと戻ってきたわたくしの手の中に握り込まれていたそれは、深い蒼のサファイヤの玉だった。


「さあ! 次は氷の神殿よ! その前にミカエル様達のいる北の砦に行って、装備と人員を整えましょう!」


 張り切って声を上げるクローディアに、一部の神殿兵と巫女達は喝采を浴びせたが、残りの兵たちはざわついていた。

 ぽろり、ぽろりと、古びた櫛の歯が欠けていくように、行軍はその数を減らしながら、北へと向かって歩き始めた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 徐々にクローディア軍数を減らしてますね まさに死の行軍ですね…… [気になる点] マリアベル孃が聖女になりそう。 お兄さんの名前を思い出しましたし クロちゃんとは見えてる物が違いますし …
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