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 帰宅してから、弥生くんママから頂いた料理を皆で食べて、私は自室で一人横になっていた。

 頭の中を整理していたわけじゃない。ただ、疲れたのだ。

 弥生くんのクリスマスパーティーから始まり、両親の死に際の話を聞き、ルカの新たな決意を目の当たりにし……。キャパオーバーだ。もう今日は、何も考えたくない。


 そこへ部屋をノックする音が響く。返事をすると、ドアを開けたのは、なんと忍足さんだった。


「ごめん、寝てた?」

「いえ、大丈夫です。というか、それは?」


 忍足さんは、手にたくさんの丸めた紙を持っていた。全部で六枚。広げて見せてくれたのは設計図だった。

 でも、どうして六枚も? それに、なんだか見たことある建物のような……。


「設計図は、この家のものだよ」

「やっぱり。でも形が違いませんか?」


 すると忍足さんは「そりゃそうだよ」と、爽やかに笑った。


「この設計図は、家を宿屋に変えた後のものだからね。ルカさんと話して、二人でここまで進めたんだ。

 今日、ルカさんから宿の話を聞いたでしょ?」

「聞きました。でも……」


 設計図――そこまで話が進んでいたなんて。

 この家を勝手に改造されようとしていたことに、開いた口が塞がらない。

 それにルカの話をまだ了承したわけじゃない。この家を宿屋に変えるなんて、大きい決断もいいところだ。私一人が「はい、いいですよ」と即断できるものじゃない。

 言い淀んでいると、忍足さんが床に腰を据える。ベッドに座る私と、向かい合う形で。


「ルカさんは『また失敗したかもしれない』と、さっき言っていた。俺は『また』の意味が分からないけど、すごく悲しそうだった。あんなルカさんを、俺は初めて見た。この宿屋を考えている時だって、いつもすごく真剣で……。きっと並々ならぬ思いがあるんだって分かったよ」

「それは、私にも伝わっています」


「だけど」と視線をそらすと、忍足さんが正座したまま一歩、ズリリと私に近づく。


「明里ちゃん、俺やってみたいんだ。このステキな家を、宿屋に生まれ変わらせたい」

「そんなこと言われても……。だって、忍足さんのそれは」


 忍足さんが「宿屋に変えたい」と言うのは、極めて自分勝手に思う。だって彼は、無類の建築好きだから。この家をリフォームすることだって、興味本位にすぎないだろう。趣味の延長戦上の話なのだ。そこには、私と陽太の人生がかかっているというのに、きっとそんなことは考えもしないで「やってみよう」と言うのだろう。

 そんなのご免だ。彼の口車に乗り、私の人生をマルッと変えられるのは抵抗がある。他をあたってくれ、と思ってしまった。

 閉口した私を見て、忍足さんが「ごめん」と。今までの勢いに消火器をまいたように大人しくなる。


「そりゃ俺はね、建築が好きだよ。でも、この家が宿屋になったらステキだなって思ったんだ。

 この家は、元は宿屋だったんでしょ? だからかな。過ごしやすく出来てるんだ。もちろん、ここにいる皆の人柄あってのことだと思うけど。だけど俺は、ずっとここで過ごしたいほど居心地がいいよ。それは、これから泊まりに来るお客さんも同じだと思う」


 忍足さんは「見て」と、私にスマホを見せる。そこには佐野さんからのメールが表示されており「また、あの宿で語りましょう」と書かれていた。「宿ではないんだけどな」と思いながら、再会の場所をココにしてくれたことに、僅かな嬉しさが芽生える。私が好きなここを、私以外の人も好きになってくれるとはいうのは、意外にも嬉しいものだ。


「だから、ここを宿屋に変える許可がほしい。さっきも言ったけど、あんなにたくさんお喋りするルカさんを初めて見た。この家のことも、明里さんと陽太くんのことも、すごく大切に思っている顔だった。あの静かな人が秘める熱い気持ちが、くぶることなく昇華されたら、俺も嬉しく思う。

ルカさんとはしばらく一緒に過ごしているから、やっぱり赤の他人に思えなくてさ。だから願いが叶ってほしいと思う。もちろん、明里さんもそうだよ。よく考えて、最善の選択を決断してほしい。すぐに突っぱねるんじゃなくてね」

「う……」


 最後の一文に、忍足さんの全てが詰まっている気がした。なんとか私に前向きに考えてもらおうと、彼はそう思っている。


 だけど、私は一人じゃない。陽太がいる。彼が一人前になるまでは、安定した生活がどうしても必要だ。


 ルカの言ったことは希望はあるけど唐突で、この先の保証があるわけじゃない。不安定な生活が続くかもしれない。そんな状態で、万が一ルカと睦月がいなくなったら、私は宿屋を畳んでしまうかもしれない。「どうにかして宿屋を残さなきゃ」と思うことなく、すぐに諦めてしまうかもしれない。それが生活を回す、最善の策だと思って。

 そんな志半ばの私が、簡単に手を出していい案件じゃないように思えてならない。だから決断できない。陽太のことを考えると、どうしても。


「……」

「……よし、分かったよ」


 ザッと、忍足さんが立ち上がる。何をするのかと思えば、どこかに電話をかけた。電話口の向こうで「なんだ」と、やや不機嫌そうな、武骨な声が聞こえる。


「父さん、俺だよ。一つお願いがあるんだ。今度、とある設計図を持って帰る。その設計図が父さんの気に入るものだったら……工事を任せたい。父さんに作ってほしいんだ。頼めるかな?」

『……』


 え……。父さんってことは、忍足くんのお父さん? ほぼ喧嘩別れして、そのまま家から出たっていう?

 そんな父親に、いきなり電話をかけたの? しかも、勝手な約束をとりつけてるし!


「俺の恩人の家なんだ。すごくステキに変えて見せる。そんな建物を作る。一か月待って欲しい。必ず納得させる設計図を持って行くから」

『まだ勉強中の身で、何を言ってるんだか』

「父さんとケンカして無理やり家を出たくらい、俺は設計が好きなんだ。だから、たくさん勉強してる。毎日が充実してるよ。新しい知識を知ることが楽しいんだ。俺の本気を全て込めるから、一か月待ってて。お願いだ」

『……』


 お父さんはしばらく黙っていたけど、唸るように「分かった」と返事をした。

 分かった? ということは、もし忍足くんの設計図をお父さんが気に入ったら、この家は工事されるってこと?


「ちょっと待ってよ!」と言う前に、電話を切られてしまった。そうして「ということだから」と、忍足さんは設計図を集めて立ち上がる。


「俺、この一か月粉骨砕身で頑張るよ。だから明里さんも向き合ってほしい。ルカさんと、ルカさんが提示した未来と。そして一か月後、答えを出して。道は違えど、俺も戦っているから。一緒に正解を見つけよう」

「!」


 忍足くんは「それじゃあ」と、早々に去って行った。

 あぁ、とうなだれる反面、彼の飾らない言葉が頭の中を回る。


「一緒に正解を見つける、か」


 深刻な悩みを前にすると、「私ばかり迷ている」と思ってしまう。だけど迷っているのは皆一緒なんだ。皆迷いながら生きて、少しずつ答えを出している。そういう方法をあえて取る人もいれば、そういう方法しか知らない人もいるだろう。私は、圧倒的後者だ。少しずつしか答えを出せない。忍足さんからもらった一か月の猶予で、果たして答えが出るかどうか。


「……何の問題から取り掛かろうか」


 今日一日で色んなことがあり、その先々で問題を見つけてきた。それを一つずつ、整理していかなければ私は何日あっても、きっと一歩も動けないままだ。

 その時、ピロンとスマホが鳴る。弥生くんママからで、今日のお礼と、今日撮った写真が送られてきていた。


「……本当だ。私、すごく笑ってる」


 弥生くんママが、「今日はよく笑う」と言ってくれた。あれは本当だったんだ。自分の緩みきった顔を見て、思わず笑ってしまう。

 そういえば、弥生くんママから「子供と関わる仕事は保育士以外にもある」と教えてもらった。例えばの話で調理師の話が出たけど、あれは宿屋でも同じことが言えるんじゃないかな? もし子供が泊まりに来たら、その子に尽くすことで笑顔を見ることができる。子供と関われる。


「宿屋って、実は『私の夢』にも近いのかな……」


 そんなことを思いながら、指を動かす。最初に「ごめんなさい」と打ったけど、しばらく考えて全部消した。そうして一文目は「今日は楽しい一日をありがとうございました」と打った。続けて「また一緒に遊びたい」と。

 ドキドキして送信すると、すぐに返事が返ってきた。


 ≪私もよ。また一緒に遊びましょう。まだ先だけど、春は一緒にお花見したいわ。楽しみ≫


 私との未来を楽しみにしてくれている人がいると知り、口角が緩む。

 嬉しいな。次に会う時は、きっと今日みたいな笑顔で互いに挨拶できるはずだ。

 弥生くんママとの気まずさを解消し、ホッと一息つく。まずは一つの問題、解決だ。


「わたしもです」と返事をして、もう一度写真を眺める。笑顔の陽太をしばらく眺めた後、決心した。


「次は、陽太のことだね」


 私がずっと決心つかなかったこと。それを明日、陽太に話そう。日曜だし、ちょうどいい。兄弟水入らずで公園に行こう。そうしてゆっくりルカと睦月のこと、そしてこの家について考えよう。久しぶりに、二人で。


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