脱線
「えっ、噓っ!」
参田が突然、大声を出した。
「びっくりしたぁ!」
「何だよ、もう」
「いやぁ、ごめんごめん」
参田は手を合わせて詫びる。
「ちょっと予想外の事があって」
「いや、そりゃそうでしょ、びっくりしてるんだから。予想通りの事ではびっくりしないでしょ」
「どうしたんだよ、先生」
渡仲はそう言ってコーラを口に含む。
「施設が新しくできたみたいなんだけど、その施設長が大学の同期だったの」
「えっ、何て所?」
釣井が参田のパソコンを覗き込む。
「〝まつゆき荘〟って所みたいだよ」
「ふーん、聞いた事ない。あんた知ってる?」
「いや、知らん」
渡仲は返す。
「二週間くらい前に開いたばっかりなんだって」
「ふーん、だから全然データなかったんだ。あっ、割と近いんだね」
「本当だね」
「皆で行こっか」
釣井の提案に二人は賛同した。
渡仲は即座に元気良く挙手したが、恐らく彼は別の目的だろう。
「じゃあアタシ、連絡するね」
「うん、お願い」
参田は外した眼鏡を拭きながら返事をする。
「てか、先生が電話したら? せっかくなんだから」
「えっ、あっ、うん」
参田は釣井から電話を受け取る。
「もしもし、こちら、日本サンタ——」
「ちょいちょいちょいっ! そっちじゃないでしょっ!」
釣井は慌てて立ち上がる。
「あっ、そうだったっ! えっと……、こちら、日本産業をやってるものなんですけど……」
〝日本産業〟を〝日本サンタ〟と言い間違えた事にしたらしいが、その軌道修正には無理がある。
「いや、大規模だな」
「急にそんな電話来たらびっくりするだろ」
釣井と渡仲は笑う。
「会社名が、えっと……」
参田はこめかみをぽりぽりと搔く。
「子供達を」
「子供達を」
「ボランティア」
「ボランティア」
「し隊」
「し隊」
参田が渡仲の助け舟をオウム返しすると、釣井は「いや、細かく区切り過ぎ」と笑う。
「と、いう団体をやっている参田と申します。あっ! あらぁ! これはこれはっ! お久し振りですねっ!」
電話の相手は例の同級生らしい。
「ええ、元気でやってますよ」
参田は笑顔のまま言った。
「そんな事もありましたねぇ」
「何何ぃ? エピソードトーク?」
それから時折、大笑いする参田に、釣井は興味津々な様子だ。
「そうでしたねぇ。あの時はどうなる事かと思いましたねぇ」
「何があったんだろ」
「いえ、あれ以来トマトは食べてないんです」
「先生がトマト食べられなくったきっかけがあったんだ」
「あの時は九死に一生を得ましたからね」
「トマトで死にかける様な一大事になったの? 致死量のトマト食べさせられたとか?」
それから参田は電話の相手とエピソードトークを展開していく。
「いやぁ、本当に懐かしいですねぇ。久し振りに出来て良かったですよ。それでは、お変わりなく」
「ちょっとちょっとっ! 締め括らないでっ! 行ってもいいのか訊かないと」
「あっ、そうだったっ! ちょっと待って下さい」
釣井に止められた参田は慌てる。
「もう、トマトの話がメインになってんじゃん」
「何の為に電話掛けたんだよ」
「今、入居してる児童はいるんですか? ああ、そうですか。では、我々がそちらにお伺いしてもよろしいですか?」
参田がアポを取ると、明日の十五時で話がまとまった。
「そうなんです。煮ても焼いても食べられないんです」
トマトの話に戻ったらしい。
「あれ以来、ケチャップも駄目」
「もういいよ、トマトの話は。殆どトマトの話じゃん。トマトの話したくて電話したみたいになってんじゃん」
「いやぁ、体にいいのは分かってるんですけどねぇ。そうなんです、トマトジュースも駄目なんです。だからリコピンは諦めてるんです」
「そんな広がるの、トマトの話で。何で懐かしい人とずっとトマトの話してんのさ」
それから参田は、「いや、それでもねぇ」と繰り返す。
トマトの魅力をプレゼンされているらしい。
「それでは明日、よろしくお願いします」
電話の相手が何を言っているのかは聞こえないこの状況でも分かる程、強引な締め括りだ。
もう懲り懲りらしい。




