黄緑
ピースマイリース。
〝平和〟という意味の〝ピース〟と、〝笑顔〟という意味の〝スマイリー〟、そして、〝花輪〟という意味の〝リース〟を掛け合わせた造語らしい。
平和が訪れる様に。
笑顔の絶えない場所である様に。
そして、子供達が花の様に美しく咲き誇り、輪になる様に。
その三つの思いが込められた名前だと、施設のホームページに記載されている。
学校の様な広い施設が映った画像は、相当前に撮影されたものらしい事が画質の粗さから予測出来る。
児童養護施設という未知の領域に妙な緊張を覚える。
だが、あまりにも地図が読めない渡仲に対する苛立ちがそれを誤魔化してくれているらしい。
「あっ! あれじゃねぇのっ!」
角を曲がると前方にあった建物を渡仲が指差した。
ホームページに掲載されていた画像と同様に黄緑色のそれが、オアシスに見えた。
「分かりにくいわっ! 全然駄目だ、これっ!」と、地図に逆ギレしたり、「こっちだろっ!」と反対方向を指して言い張ったりするこの男に振り回される時間から、ようやく解放される。
駅でも違う電車に乗ろうとしたり、ナンパしようとしたり、とにかく大変だったのが頭の中に浮かび上がる。
近場の場合、テレポーションは禁止という掟を釣井から言い渡された故、いっそ離れた場所であってほしかった。
何度もそれを破りたくなったが、何とかゴール目前まで来た。
「もうさ、テレポーション使っちゃおうぜ、面倒だから」と、彼は度々言っていたが、恐らく僕の方がその思いが強い。
釣井がそれを禁止したのは、この男の方向音痴を訓練する目的もあるのだろうか。
だとすると、とんだとばっちりだ。
それから渡仲は、デニムのジャケットから覗く黒いVネックに引っ掛けていた黒縁眼鏡を装着した。
「お前、眼鏡持ってんの?」
「眼鏡?」
「うん、これこれ」
渡仲は眼鏡の柄を摘まんで上下に動かす。
「釣井に貰ったんだろ?」
「サングラスの事ですか?」
「お前もしかして、サングラスバージョンしか持ってないの?」
眼鏡バージョンがあったのかよ。
やはりサングラスは、スパイごっこの雰囲気作りの為でもあったらしい。
釣井に苛立ちを覚えた。
今まで数ヶ月もの間、不審者丸出しで警戒し、羞恥心に耐えていたにも関わらず、眼鏡バージョンがあったのか。
「サングラスしか持ってないです。眼鏡があったの知らなくて」
「ふーん、施設の時はサングラスだと怪し過ぎるから、眼鏡の方がいいぞ」
尾行の際もサングラスだと怪し過ぎる。
極力、スパイ感を出したいという事なのだろうか。
「まぁ、しょうがねぇから、今日のところはサングラスで」
畜生……。
都合良く眼鏡の予備など持っていないか……。
「じゃあ交換しません?」
「しねぇよ。嫌だよ、サングラス」
やはりそうか。
どちらかがサングラスを装着するなら、それはキャラ的に絶対この男であるべきだ。
「まぁ、そうだな。眼鏡、貸してやるよ」
単純かよ。
驚く程すんなりいった。
ラリーを交わす想定だったが、まさか一撃とは。
「ほい」
渡仲から眼鏡を受け取り、サングラスを渡す。
明らかに怪しいこのアイテムを装着した状態で施設を周らなくてはならない苦痛を想定していたため、霞んでいたが、人が外した直後の眼鏡を装着する事に抵抗を覚え、ふと我に返った。
天秤に掛けてみる。
まぁ、こっちの方がマシかと、渋々装着した。
「でも、汰駆郎、可愛い女の子見付けてもナンパとかすんなよ。ちゃんとわきまえ……、あっ、姉ちゃん達っ! ちょっと、ちょっとっ!」
「ちょっと」
ミニスカートを身に着けた二人組の女が向かって来た時に察した嫌な予感が的中した。
文句を言う渡仲を必死で制止する。




