クリスティーヌの心配
ゴーヤン先生は渋い表情のまま、リアの謝罪を聞くと、わたしとクリスティーヌを見た。
「ブラックストーン、君たちの家名を汚したことについては学校側からも家の方に謝罪の連絡が行くだろう。ただ、コーラルの処分は学校側に任せてもらいたい。ブラックストーン伯にもそのように頼むつもりだ」
わたしがリアの処分のことを訊ねようとすると、先にジェダイドが言った。
「なあ、先生。たとえ子供でも他人の家を汚すようなことを言うのは重罪だろ。特にティグリス学士院ではさ」
ティグリス学士院では、貴族も商人の子供も少し裕福な一般家庭の子もいる。身分に差がある子供たちが集まっているので、家系のことや血筋のことを口にするときは注意しなければならない。なのに、リアはブラックストーン伯のことを国賊のように舞台上で言ったわけで、学校の規則にも反していることになる。
クリスティーヌがわたしの隣で赤い目を擦りながら言った。
「ゴ、ゴーヤン先生、わたしは学校にお任せします。わたし、これ以上この問題を大きくしたくありません。早く忘れてもらいたいんです」
わたしはクリスティーヌの肩にそっと触れた。声をかけるより、その方がいいと思ったから。
ゴーヤン先生は頷いて、わたしとクリスティーヌからリアに視線を移した。
「コーラル、一緒に来なさい。わたしは来客の方々に謝罪しなければならない」
リアは初めて、顔色を変え、勢いよく首を横に振った。
「い、いやです! わざとじゃなかったのに、どうしてわたしがみんなの前で謝らなければならないんですか!?」
「君に謝れとは言っていない。君はわたしが謝るのを舞台の横で見ているだけでいい。その後、一緒に職員室に来てもらう」
「・・・・・・」
リアはうな垂れた。さすがにここまで大事になるとは思っていなかったらしい。
「カルサイト、君はホールに戻りなさい。二人のブラックストーンもだ」
ゴーヤン先生はそう言ったものの、土気色になったクリスティーヌの具合の悪そうな様子を見て、保健室に行くように言い直した。
「クリスティーヌ、行こう」
わたしはクリスティーヌの手を取ると、保健室へ向かった。
ホールから保健室へ向かいながら、わたしはクリスティーヌの悲しそうな顔を見るのがつらくて、ずっと黙っていたけど、彼女の方から声をかけてきた。
「ねえ、パール」
「なぁに?」
クリスティーヌはちょっと考えこむように沈黙してから言った。
「・・・・・・あのね、今日はわたしたちの家の人って誰も来てないでしょう」
「うん?」
確かに、ブラックストーン伯とその家族は誰も宝玉祭を観に来ていない。わたしの父という人はどこぞに出奔して消息不明らしいし、母は祖父のブラックストーン伯の手伝いでシャンペイン領にいなければならないと聞いていた。
クリスティーヌは母親が病気でウィズダムにいて、父親もその看病もかねて側についている。
いわゆる子供の参観日的なものでもある宝玉祭に、家族の誰も来られないのだ。
「誰も来ていなくて本当によかったわ」
クリスティーヌはそう呟いた。
「もしお祖父様が来ていたら、コーラル家と戦争になったかもしれないもの」
「えっ? お祖父様ってそういう人なの?」
わたしの頭に浮かんだのは、血の気の多い目尻の吊りあがった恐い風体の老人だ。
「お祖父様はいつも海賊相手に立ちまわってるから血気盛んなのよ。都の富豪商人のコーラル家とケンカなんてことになったら、怒るより嬉々として準備を始めそう」
「そ、それはなんというか・・・」
想像したくもない。
――学校側からの連絡を聞いて、さらに大事になったら困るなぁ。
わたしの心配に気づいたのか、クリスティーヌがくすっと笑った。
「パールでもそんな顔するのね」
「どういう意味よ?」
「だって、パールって昔から家のことなんて全然興味ないって顔だったもの。お祖父様が誰とケンカしようと、カスティス様がいなくなったときでも、屋敷中大騒ぎなのに、一人だけ奇妙な本を読んだり、庭で猟犬と遊んでいたりしていたでしょう」
「そ、そうなの?」
カスティス様って、パールのお父さんのことだ。父親が行方不明になったのに、パールって、変な子だなぁ。わたしはそこまで変じゃない、はず・・・。
わたしたちが、しかめっ面のまま保健室に着くと、保健のマカロニティ先生は外出中でいなかった。
クリスティーヌは疲れもあって、少しベッドに横になることにして、わたしはどうしようか迷ったあげく、大ホールに戻ることにした。
だって、ギターを置いてきちゃったんだもん。
保健室を出ると、とぼとぼと引き返して行く。
――リア、どういう処分を受けるんだろう。
自分のいた世界で考えてみると、反省文ぐらいかな、と思う。
でも、ここに来た当初、ドラゴンの世話を早朝に言いつけられたわたしとしては、リアが同じ目に遭えば胸がスッとするかも。
――うんうん。リアにはドラゴンの糞にまみれてもらって、血しぶきブシャーの肉切りもしてもらいたいよね。
その様子を想像しただけで、もやもやしていた気分が晴れてきた。
すると、後ろから急に声がかかった。
「パール? こんなところでどうしたんですか?」
保健室からわたしが出て来たところを見ていたらしい。
振り返ったわたしは、廊下の奥にいるミシェルに微笑んだ。
「ミシェルさんこそ、どうしてここにいるんですか? みんな大ホールにいるのかと思ってました」
ミシェルは肩をすくめて、上級生の教室がある上階の方を指差した。
「教室に劇の小道具を置いてきたんです。わたしたちの出番は終わりましたからね」
「ああ」わたしはうなずいた。「アラゴンさんの劇観ました。えっと・・・ドラゴンのアラゴンさんは・・・その、かっこよかったです」
わたしが詰まりながら言うと、ミシェルは苦笑した。
「いいんですよ、はっきり言って。まったくアラゴンには困ったものです。練習ではまともにやっていたのに、本番になった途端、好き勝手に演って!」
「・・・・・・そ、そうなんですか」
ぶつぶつ文句を言っているミシェルに、ちょっと同情する。
「それより、パールはどうして保健室に? どこか悪いんですか?」
ミシェルは心配そうにわたしを見た。
「いえ、わたしじゃなくて、クリスティーヌが・・・・・・」
「そうですか。心配ですね」
ミシェルはやさしく微笑むと、なぜかわたしの頭を撫でた。
――時々思うんだけど、ミシェルさんってわたしのこと、小さい子扱いしてるよね。
まぁ、身体は小さいけども、心は十八才なので、同じ年頃の男子に頭なでなでされると固まってしまう。
「それで、ホールに戻るところですか?」
「はい。わたし、ギターを置いてきちゃったので」
「では、ご一緒します」
ミシェルと歩き出し、わたしは気づいた。
さっきまでのリアとのことで、胸がギスギスもやもやしていたのが、ほとんど払拭されている。
――ミシェルさんってなんか落ち着くんだよね。
おばけ道で助けてもらったせいもあるかもしれないけど、まとっている空気が穏やかな感じがする。
リアのことが解決したわけじゃないけど、わたしは気分がよくなって、ふんふんと鼻歌を歌いながらミシェルとホールに戻って行った。




