プラムのこと
「プラムはな、やさしいとか親切とかって言葉とは無縁のやつだ。もしそういうことをされたら、徹底的に疑うべきなんだ」
「・・・ええっ・・・?」
アラゴンのひどい言い草に、わたしは唖然とした。
「おまえは記憶喪失になって、あいつのことなんか忘れちまったみたいだが、おまえとプラムは目も合わせないほど仲が悪かったんだぞ」
わたしもそれは知っている。クリスティーヌが言っていたから。でも、記憶喪失になってからのパール、つまりわたしになってからはプラムさんの風当たりはやさしくなっていると思う。
でも、アラゴンはしかめ面で言った。
「おれは、あいつのせいで再起不能になったり、学院を退校処分になったりしたやつを何人も見てきた。裏でいろいろ画策して、相手を蹴落とすことに快楽を感じる女なんだ。あいつは多分、おまえが記憶を失ったのをいいことに、仲いいふりして蹴落としてやろうと思ってんだ。あいつとは、できれば関わり合いにならないのが一番だぞ」
また、うんうん、とアンバーがうなずいている。
絶句しているわたしに、アンバーがそっと腕に触れてきた。
「あのね、パール。わたし、以前プラムねえさまと遊んだことがあるの。わたしのお家に来られたときよ。それでね・・・みんなで、かくれんぼをしたんだけど・・・・・・・」
アンバーは言いにくそうに口ごもった。
「・・・その・・・プラムねえさまは鬼になったら、隠れている子にひどい事をしたのよ」
「ひどい事?」
「プラムねえさまは身分の低い子とは一緒に遊ばないって言ったの。でも、わたしたち一緒に遊びたかったから、ねえさまを説得して遊び始めたんだけど・・・。その子が衣裳棚に隠れたときよ。プラムねえさまは衣装棚の前に机を置いて、戸が開かないようにしてしまったの。みんな、その子がいないことに気づかなかったの。ずっとよ」
「・・・・・・」
「夜になってその子がいないことに、ご両親が気づいて、わたしたちみんなで探したの。衣裳室の棚の中でその子は見つかったんだけど、プラムねえさまは知らなかったって言ったわ。だけど、わたし、ねえさまがしたんだってわかったの。だって、かくれんぼのときに衣裳室にねえさまが入るのを見たんだもの。部屋から出て来たねえさまは、とてもうれしそうに笑っていたのよ」
アンバーが重苦しい顔で言い、アラゴンは気分が悪そうに口をへの字にした。
「わかったろ? そういう女なんだよ。見た目は置いといて、中身は陰湿で根暗で鬼畜なんだ。おれもあいつが、庭にいた猫のしっぽをむしるのを何度か見たからな」
わたしは怖くなってきて、訊ねた。
「あのぉ、それでプラムさんがわたしを騙してオーブフェスタに出場させたとして、わたしが失敗してあの人はうれしいんでしょうか?」
「そりゃそうなんだろ」
「そうなんだと思うよ」
アラゴンとアンバーがそろって言う。
わたしは苦虫をかみつぶしたような顔をした。
だって釈然としない。わたしがプラムに何かしたわけでもないのに。
「もしかして、前のパール・・・えっと、記憶がなくなる前のわたしって、プラムさんに何かひどいことをしたんでしょうか?」
アラゴンに訊ねると、彼は首をかしげた。
「いや、そういうことじゃないと思うぜ。単に、おまえと性格が合わないだけじゃないか?」
「・・・・・・」
さらに納得がいかない。そんなことで目の敵のように思われるなんて言いがかりも甚だしい。
「じゃあ、わたしはなぜかわからないけどプラムさんに嫌われてるわけですね?」
「そうなるな」
アラゴンはうなずき、なぐさめるように言った。
「気にしない方がいいぜ。あいつはそういうやつなんだ。なんとなく気に入らないからいじめる。なんとなく目についたから蹴り飛ばす。なんとなく面白そうだから泣かせる」
「最悪じゃないですか」
「そう、最悪なんだ」
「・・・・・・」
愕然としてしまう。理由なんかないってことだ。
「だったら、どうすればいいんですか?」
わたしは二人に訊ねた。
「わたしがプラムさんに会わないようにするにしても、部活が一緒じゃ無理があるし、オーブフェスタのことももう断れないし」
がっくりと肩を落としたわたしを見て、アラゴンが考え込む。
「そうだなぁ。まぁ、今回はオーブフェスタに出るしかないだろうな。あいつがおまえの失敗を楽しみにしてるにしても、今さらおまえが他の代役を見つけるのは無理だろうし、身分的にも断れないだろ」
わたしが下流貴族で、プラムが上流貴族だからだ。
「だったら、今回は練習して最悪の事態だけは乗り切って、今後はあの女に近づかないようにするしかないな。記憶を失う前のおまえもそうしていたわけだしな」
アラゴンは目を細めると、疑い深そうにわたしを見下ろした。
「おい、ちゃんとわかってんだろうな。プラムが廊下の先に現れたら、話しかけられる前におまえは子ネズミのようにしゅばっと逃げるってことだぞ」
「・・・・・・はぁ」
なんか負け犬っぽくてかっこ悪い。それに、いじめっ子から逃げるいじめられっ子みたい。
――同じか。
わたしは、心の底からうな垂れた。
ジェダイドやクリスティーヌが危機意識が低いって言うのを無視してきただけに、そんな怖そうな人の罠にはまったかもと思うと、さすがに自分のまぬけっぷりに落ち込んでしまう。
「おれもなんとかしてやりたいけど、おれがプラムに口出しすると、余計にこじれてひどくなりそうだからなぁ」
アラゴンの言葉に、アンバーも「そうですね」とうなずいた。
「にいさまとプラムねえさまも犬猿の仲ですからね」
そこでわたしは、思い出したことがあった。以前、クリスティーヌだったかジェダイドだったか、アラゴンの話が出たときのことだ。
「あの、アラゴンさん」
「なんだ?」
アラゴンがわたしを見下ろす。
「聞いたんですけど、アラゴンさんとプラムさんって婚約されてるって本当ですか?」
わたしの言葉に、アラゴンは顔をこわばらせた。
「・・・・・・本当だ」
硬い表情で返答されて、わたしも複雑な気分になる。
「パール、にいさまとプラムねえさまは両家のために婚約されているのよ」
アンバーが仕方なさそうに言い、
「そう、親が勝手に・・・だ・・・」
と、アラゴンもぼやいた。彼の言葉からは嫌々なのがにじみ出ていた。
「はぁ。それは・・・その、ご愁傷様です」
本当に気の毒だと告げると、アラゴンはうな垂れた。
「家のためもあるが、学校にいる間は、そういうことにしておいた方がいいからな」
「どうしてですか?」
「プラムが婚約者だってことにしとけば、他の女が寄って来ないだろ。親も安心だし、ミシェルも面倒がなくていいって言いやがるし・・・」
「あ・・・ああ、なるほど」
それはつまり、プラムが怖いから他の人がアラゴンに近づかないってことか。
それとも、プラムが上位の上流貴族だから、下位の貴族の娘がアプローチできないってことかな。
どっちにしても、どんよりと深い闇を感じる。
黙ってしまったわたしとアラゴンの重い空気に耐えかねたように、アンバーがなんとか笑顔で言った。
「で、でも、にいさまはとってもモテるのよ、パール。誕生日にはたくさんプレゼントをもらうんだから」
アラゴンが首を振る。
「アンバー、それは違うぞ。おれに贈り物をするやつは、半分が男だ」
「あれれ? そうでしたっけ? にいさまは男の人にもモテますね」
「だから違う。あれはおれじゃなくて、王家に近づきたいやつらのごますりだ。おまえも、変なやつに贈り物を渡されても、ほいほいもらうなよ。面倒なことになるからな」
アンバーはにこっと微笑んだ。
「大丈夫です、にいさま。わたしにはカニエがいます」
「カニエ?」
わたしが聞き返す。アラゴンが説明してくれた。
「カニエってのは、こいつの侍女だ」
「アンバー、侍女がいるの!?」
驚いているわたしに、アンバーは不思議そうに答えた。
「ええ。にいさまにだってミシェルがいるでしょう」
アラゴンが顔を上げ、薄暗い教室を見回す。
「それで、そのカニエはどこにいるんだ?」
「カニエは今日は先に帰りました」
「おまえを置いてか?」
アラゴンの顔が険しくなる。
「怒らないで、にいさま。カニエはわたしと違ってとても忙しいんだもの。洗濯したり掃除したり、いろいろな段取りをしなきゃならないでしょう。ずっと、わたしと一緒にはいられません。ミシェルさんだって、今はにいさまと一緒ではないでしょう」
「・・・・・・おれはいいんだ。もう大きいからな」
わたしはアラゴンの言い訳を聞いて、ぷっと噴き出した。
「なんだ、何笑ってるんだ、パール」
ぎろりとにらまれちゃったけど。
「カニエがいないんじゃ、寮までおまえを送っていかなきゃならないな」
アラゴンが言う。アンバーは申し訳なさそうに答えた。
「すみません、にいさま。にいさまは警備部があるから、この後も忙しいでしょうに。わたしが一人で寮に戻れればいいんですけど、もう暗いですから送っていただけると助かります」
わたしはギターを持っていた手を片方離して、手を挙げた。
「あのぉ、わたし同じ女子寮だし、送っていきますよ?」
ちらりと横目でアラゴンが見下ろしてくる。
「いや」
と、即座にアラゴンが断ってくる。
「大丈夫だ。まだ時間はある。今日は練習を見てやれなくて悪いが、今すぐ送って行こう」
「えっ? だからわたしが送って――」
「わからんやつだな。おまえも一応、女の子だろう。それにミシェルに聞いたぞ。おばけ道を一人で通ったらしいな」
それを聞いたアンバーが目を大きくする。
「パール、それ本当? ゆ、勇気があるのね。下級生はみんなあの廊下は通らないのよ。男の子も」
感心しているアンバーに、アラゴンが呆れた顔になった。
「バカを言うな。アンバー、おまえは絶対に真似するなよ。パール、おまえもだ。二度とあの道は使うなよ。ミシェルやジェダイドだけじゃなく、おれも許さんからな」
「は、はぁい・・・・・・」
わたしは挙げていた手をゆるゆると下ろした。
それから、わたしとアンバーが帰り支度をして、アラゴンさんに連れられて寮に戻ると、すでにほとんどの子が夕食を終えている時間になっていた。




