ギターと女の子2
夕暮れ時の一年生の教室。
アンバーがギターを練習し始めて、わたしも周囲の机を動かして空間を作ると、ギターを革のケースから取り出した。
まずは弦のチューニングから。アンバーが音をくれたので、彼女の調律に合わせた。
普段は自分でギターケースに入っている金属製の小さな調子笛で音を合わせるようになっているらしい。ケースの隅に笛が付いていたから。
この作業ってピアノでは、自分ですることはまずない。調律師がしてくれるし、ピアノの弦はすぐには、ずれたりしないから。
でも、ギターは弾いている間にどんどん音が狂ってくるので、自分で合わせる必要がある。
世の中には絶対音感っていう、音の高さを他と比較せずに識別できる能力を持つ人がいるけど、わたしはそうじゃない。
まぁ、ずっと音楽をしてきたから、なんとなく音の高さを覚えてはいるけど、絶対じゃない。ずれていたら気づく程度だ。
雨の音を聴いて、すぐにドレミに変換できたりってこともない。
ただ、音大を受けるために聴音の練習はしていた。
聴音というのは、ピアノで弾かれた曲を聴いて、楽譜に書きおこすことで、音大の試験科目の一つになっている。
絶対音感がなくても、練習次第で人間の耳は楽器の音の高さを覚えることができるのだ。
アンバーがくれたラの音を聴き、自分のギターの弦をすべて合わせると、わたしたちは別々に練習を始めた。
アンバーは曲の練習を、わたしは指の練習を。
しばらく黙々と互いにギターを弾き鳴らし、弦や指とにらめっこする。
自然と口がむぐぐぐぐ、と突き出て、眉間にしわも寄ってしまうけど、仕方がない。
だって、ギター難しすぎる。
心の中で、ひいひい言いながら、わたしは指使いを覚えようと必死にやっていた。
すると、アンバーが包帯を巻いた指先で、わたしのギターを指差した。
「ねえ、パール、そこはこうした方が弾きやすいよ」
言って、自分で弾いてみせてくれる。
スムーズに隣の弦に指を動かし、わたしが四苦八苦していた部分を軽やかに弾いてくれた。
「なるほどぉ」
わたしも真面目に観察させてもらい、真似してみる。
「ああ、本当! こっちの方がいいかも」
そうしてときどきアンバーに助言してもらいながらギターの練習をしていると、いつの間にかすっかり窓の外は暗くなっていた。
気づくと、教室の壁側の四つの燭台に明かりがついていて、アンバーの横の机の上にも蝋燭が立ててあった。
「あれっ? アンバー、明かりをつけてくれたの?」
わたしがギターから顔を上げ訊ねる。
「うん。パールってば、全然気づかないんだもの。声かけたのに、聞こえてないみたいだったし。わたしびっくりしちゃった」
「ごめん。気づかなかった・・・・・・」
今頃になって手元が暗いことに気づく。
「もうすっかり遅くなっちゃったね」
アンバーは制服の襟元に手を突っ込み、服の下から青白く光る石を取り出した。時間を知ることができる落星石だ。
夕暮れ時にもっとも輝くというその石は、今まさに中で青白い炎が燃えているかのように輝いていた。アンバーの手のひらまで青く染まっている。
「そろそろ、にいさまが来るはずなんだけど・・・今日は遅いなぁ」
アンバーはそう言うと、ふう、と一息ついた。
「にいさまはね、劇の練習以外にも、いろいろやることがあって忙しいんだって。夜は学院や町の周辺を見回りする部に入っているのよ」
「それって警備部?」
「そうそう。それ!」
アンバーがにこっと微笑む。
警備部のことは、前にジェダイドに名前だけ聞いたことがあった。幻想生物部と同じく、学院の外の森に入ることができる鍵を持っていて、熊や狼といった危険な生き物が侵入しないように見回っているらしい。
幻想生物部も奇妙だし、危険だけど、前のパールが警備部に入ろうなんて思わなくて本当によかった。魔法もろくに使えないわたしじゃ、きっともっとひどい目に遭うに決まってる。
まだ幻想生物部の方がマシかも、とわたしが思っていると、教室の戸がコンコンと鳴った。
「にいさま!」
アンバーがギターを抱いて立ち上がる。
「よお、アンバー。悪かったな、遅くなって」
「いいえ、練習していたらすぐですわ。にいさまこそ、お疲れじゃないですか?」
戸口から男の人が入って来た。けど、教室の入り口付近は薄暗くて、わたしからは相手の顔がよく見えない。
「疲れたも疲れた。劇なんか誰が考えたんだか」
入って来た人物は背が高く、大人のようにも見えた。その黒い影が立ち止まり、なぜかハハッと笑い出す。
「なんだなんだ、なんでパールがいるんだ!?」
わたしは名前を呼ばれて、ようやく相手が誰なのかわかった。
「あ・・・アラゴンさん・・・?」
「ああ、そうだよ。見りゃわかんだろうが」
「いえ、暗くて見えないし・・・・・・」
アラゴンはわたしとアンバーの方へ寄って来る。
ギターを抱えているわたしを見ると、アラゴンはまた笑った。今度はにやり笑いだ。嫌な予感。
「おまえ、もしかして宝玉祭に出るのか?」
「・・・・・・そうみたいですけど、何か?」
不満そうに言い返すと、アラゴンは面白そうに目を細めて、わたしに言った。
「ギターを弾けるとは知らなかったぜ」
そこでアンバーが「パールは初心者なんですよ、にいさま」と告げる。
わたしは次の展開が読めた。そう、絶対アラゴンに笑われる。
案の定、アラゴン・カルサイトは大きな体を揺らして、「マジかよ!」と叫ぶと大笑いした。
「ブハッ・・・お、おまえ・・・初心者なのに、オーブフェスタに出るのか? クハハッ! すごい度胸だな!!」
げらげら笑い出したアラゴンを、わたしは口をとがらせ睨み返した。
「仕方ないじゃないですか。プラムさんに頼まれて断れなかったんですから」
すると、突然、アラゴンはぴたっと笑うのを止めた。それはもう、スイッチを切ったみたいにぴたっと。
「・・・・・・今、プラムって言ったか?」
「言いました」
「・・・・・・」
急に空気が変わった気がする。穏やかだった雰囲気が、ひんやり冷たくなったような。
わたしはなぜか能面のように無表情になったアラゴンから、アンバーに視線を移した。
アンバーが小さく肩をすくめている。まるで、今から怒られる子猫みたいだ。
「なんでプラムと知り合いなんだ? いや、待てよ」
アラゴンがぶつぶつ呟く。
「あいつ幻想生物部だったな。パールもそうだった。そうだよな?」
問われて、わたしはこくんとうなずいた。
「そうだった、そうだった。プラムのやつ、パールを毛嫌いしてたから、避けてると思ってたが・・・。プラムに頼まれた? あいつがおまえにオーブフェスタに出るように仕向けたのか?」
仕向けた、という言葉はちょっと強すぎる気がするけど、わたしはまたうなずいた。
「なるほどな。あいつがやりそうなことだな。おまえをけちょんけちょんに辱めるつもりだな」
「えっ!?」
驚いたわたしに、アラゴンが眉をしかめる。
「おい、まさか、そんなことも気づかずに了承したんじゃないだろうな!?」
「そんなことって・・・どうしてプラムさんがわたしを陥れるようなことをするんですか? みんなプラムさんのこと悪く言いますけど、今のところわたしにはやさしくしてくれていますよ?」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
なぜか、アラゴンだけじゃなく、アンバーまでわたしのことを可哀想なものを見るような目で見た。
「ちょ、ちょっと、二人ともそんな顔しないで! 騙されたわけでも何でもなく、わたしがギターを貸してもらう代わりにオーブフェスタに出場するって言ったんです。だから、その・・・・・・プラムさんに騙されたわけでも仕向けられたわけでもないと思います・・・よ?」
語尾が疑問形になったのは、アラゴンだけじゃなく、ジェダイドもクリスティーヌもプラムのことを危険人物扱いしていたからだ。
――やっぱりわたし、プラムさんに騙されてるのかな。
う~んと考え込んだわたしに、アラゴンとアンバーが困ったように顔を見合わせている。
「パール」
アラゴンが改まった声で言った。
「なんですか?」
「おまえは、絶対に騙されてる」
アラゴンが断言し、うんうん、とアンバーもうなずいた。




