ギターと女の子
ええ、結論から申し上げますと、昼休みにプラムさんのところにクリスティーヌとわたしは行って参りました。で!
「今さらそんなこと言われても困りますわ。もうすでにお父様にもパール・ブラックストーンさんに代役をお願いしたとお伝えしましたのよ。オホホホホ」と笑われて、のこのこ帰って来ました。
それで、クリスティーヌはさっきから教室の机に突っ伏して泣いて・・・・・・ません。怒ってます。
「やっぱりよ!」
大声でそう言った後、机に伏せって「パールは騙されたのよぉぉぉぉ!!」と、叫んでる。
――わたし、騙されたのかな?
でも、わたしは手にギターを持っているので、特にプラムさんへの恨みつらみはないんだよね。
むしろ、「そんなこと言うならギターを返して!」って言われなくてよかったと思ってるぐらい。
――ごめんクリスティーヌ、ブラックストーン家よりギターを取ったわたしを許して。
心の中で謝っていると、クリスティーヌの様子に気づいたサフィーとルビーが近づいてきた。
「どうしたの、クリスティーヌ」
「珍しく荒れてるわねぇ」
確かに、いつもは冷静沈着でわたしをなだめているはずのクリスティーヌが、机に伏せてわめいているのは珍しい。
しかも、ここわたしのクラスでクリスティーヌは隣のクラスなんだよね。結構、人目を気にする彼女らしくない。
――それぐらい腹に据えかねてるってことなんだろうけど・・・。
わたしはサフィーとルビーに何があったのかを説明した。
背の高いサフィーが肩をすくめる。
「そ、それは大変だったわね」
赤毛のルビーは反対にからからと笑った。
「なんだ、そんなことかぁ。まぁ、あんまり考え込むことないんじゃない? 宝玉祭なんて失敗したって、日が過ぎればみんな忘れちゃうわよ」
「そ、そうかしら?」
サフィーが反論した。
「上流貴族の人たちがこぞって観に来るのよ。しかもラヴァーシュタインさんの代役でしょう。きっと、すごく期待されちゃうわ。それでパールが失敗しちゃったら・・・・・・家名にどんな傷がつくか、わたし考えただけでも恐ろしいわ」
「サフィーは大げさなんだから。クリスティーヌも深刻になりすぎ!」
ルビーは笑顔で、隣のわたしの肩をぽんと叩いた。
「大丈夫よ、パール! ギターなんてちょっと練習すればちょちょいのちょいよ! うちのお父さんが言ってたもん。音楽って放浪している貧しい人たちがやるものだって。わたしも街の広場で物乞いが演奏してるのを観たことがあるけど、簡単そうだったわよ」
クリスティーヌはそれを聞いて、ようやく顔を上げた。でも、今度はわたしが渋い顔になる。
――この世界の演奏家って、本当に地位が低いんだなぁ。
残念な気持ちでいると、クリスティーヌが言った。
「本当にそんなに簡単かしら? 後一週間もないでしょう。他の上級生はみんな練習してきた人ばかりだし、これから始めるパールが追いつける?」
「追いつけはしなくても、そこそこにはなるんじゃない? それで充分じゃない」
ルビーの適当ななぐさめが効いたのか、クリスティーヌはようやく落ち着き、午後の授業のために自分の教室へ戻って行った。
初歩魔法学の先生がやって来て、わたしのクラスも授業が始まる。
ちらっと後ろを振り返り、教室の後ろに立てかけた革のケースに入ったギターを見る。
後一週間・・・ううん、実際には五日と半日しかない。一人で練習してもいいけど、楽器って人に習う方が断然早く覚えられるし、うまくなるんだよね。
――誰か先生がいたらいいんだけど・・・。
わたしのギターの知識って、ママがちょこっと――三十分程度――教えてくれただけで、後は教本を見ながら触ったことがあるだけだから、はっきり言って初心者も初心者。
いきなり魔法を使うように言われて、杖を手に考え込んでる状態と変わらない。
午後の授業が終わると、今日は幻想生物部がないので、わたしはギターを手に教室を出た。
寮で練習するわけにはいかない。だってへたくそな練習って他人からすると耳を塞ぎたくなるぐらい迷惑だからね。大きな音を出しても大丈夫そうな校舎を探して歩き出す。
――ゴーヤン先生にでも聞いてみようかな。
先生なら、きっとギターの練習をしてもいい教室を知っているはず。
ティグリス学院は、たくさんの建物の継ぎ接ぎのようになっていて、わたしが入ったことのない建物もまだまだたくさんある。
おばけ道みたいに入っちゃいけない場所もあるし、下級生のとりわけ年少さんたちは薄暗い校舎の中をあまり歩き回らない。
前にジェダイドとクリスティーヌに怒られたのも効いていて、わたしは見知らぬ校舎に立ち入るのがちょっと怖くて、下級生がよく使う校舎をうろついていた。
子供たちが授業を終えて、寮に戻って行く。中にはグラウンドで遊ぶためボールを持って走って行く子たちもいた。
「ううん、どうしよう。どこが空いてるかなぁ」
まだどの教室にも子供が残っていて、勝手に入ってギターを弾くのはためらわれる。
自分の教室でやればいいんだけど、ここ最近、オーブフェスタのための劇の練習で使っているので邪魔はできない。
ちなみに、劇はリアがお姫様でジェダイドが騎士の役らしい。なんだか笑っちゃう。
ジェダイドは嫌そうな顔だったけど、観に来る親のために他の子たちががんばってるから、一応真剣にやっているみたい。
逆にリアは、やる気まんまんで怖い。まだ一週間近くあるのに、もうドレスを着ていた。髪もお供のマチルダに結わえてもらって、今すぐにでも舞台に上がれそうなほどだ。
ジェダイドは事あるごとに、しなだれかかってくるリアの肩をぐいぐい押し退けていたけど、彼女のすごいところは、嫌がられても物ともしないところだ。今日もめげずに、引っ付いていると思う。
校舎を一階から三階まで歩き回った後、わたしはまた一階に下りて来ていた。
「生物室、使っちゃダメかなぁ」
ブタさんは迷惑かもしれないけど、やっぱりゴーヤン先生に聞いてみようと、職員室の方へきびすを返す。そのときだった。
何かの音楽が聞こえてきた。
「ギター?」
ぽろんぽろろんと誰かが爪弾いている。
音に誘われるように、わたしは自分のギターを抱いて、トコトコとその教室の方へ歩いて行った。
そっと戸口から音のしている教室を覗きこむ。
教室の一番後ろの席に、小さなギターを抱いている子が見えた。
わたしのギターよりかなり小さいギターだ。低学年用のギターなのか、体のサイズに合っている。
でも、それよりも驚いたのが、その女の子、泣きながら弾いていた。
――なんで泣いてるんだろ?
大粒の涙が、ぽろぽろ落ちてギターを濡らしている。
それでも泣きながら、ずっとギターを鳴らしている。
他に生徒の姿もなく、夕暮れ時のオレンジ色の陽射しが窓から降り注いでいた。
こういうとき、そっとしておくべきか、入って声をかけるべきか悩んでしまう。
しばらくわたしは、戸の前でギターを抱え、廊下を右に行ったり左に行ったりした。
それからまた教室を覗きこみ、女の子が泣いているのを見る。
――やっぱり声をかけた方がいいよね。
教室は一階の廊下の中ほどにあり、下級生の一年生のクラスのようだ。ということは、年齢にして七才とか八才とか、そんなところのはず。
それぐらいの齢の子が、一人で泣きながらギター弾いてるなんて、まず普通じゃない。
わたしはそうっと教室へ入って行った。
女の子は弦を見つめながらギターを弾いていたけど、わたしの気配に気づいて手を止めた。
赤らんだ目で不思議そうにわたしを見る。
「あ、あのぉ・・・・・・どうかしたの? どうして泣いてるの?」
わたしが訊ねると、女の子は顔をくしゃっとゆがめた。
見ている間に、また涙がぽろぽろと零れ出す。
「だ、大丈夫? じゃないか。えっと・・・一人? だよね。うん」
わたしもちょっとテンパっているせいか、わかりきったことを訊いてしまう。
女の子は、ふわふわの栗色の髪をしていて、少し大きめの水色の制服を着ていた。
大きな翠色の瞳が涙で濡れて、宝石のようにきらきら輝いている。
「おねえさん、誰?」
ようやく女の子が言ったので、わたしはすぐに返事をした。
「わたしはパール。四年生だよ。あなたは?」
「わたし・・・・・・」
女の子は声を詰まらせた。
小さくて可愛らしい顔が、またくしゃりとしぼんだようにゆがみ、涙が溢れだす。
よく見ると、女の子の指先は真っ赤にはれあがっていた。両手の指ともだ。
特に右手がひどく、指先の血豆が破れてギターの弦にも血がついていた。
女の子は泣きながら言った。
「うまく弾けないの。これじゃあ、みんなに笑われちゃう。公王様に聞いてもらえない」
痛そうな手で顔をこすり、またギターを弾こうと弦に指を当てている。
わたしは慌てて近づき、女の子の腕を掴んだ。
「待って待って。まずは手当てしなきゃ」
抱えていた大きなギターを女の子の近くの席に置くと、わたしは下げていたショルダーバッグの中から巾着袋を取り出した。
――クリスティーヌ様様だわ。
巾着袋には、クリスティーヌがくれた小瓶に入った消毒液と綿のかたまり、それから包帯が入っている。
わたしが幻想生物部にいて、危険な生き物に出くわすかもしれないからと、クリスティーヌが常時持っているようにとくれたものだ。
こんなときに役に立つとは思わなかったけど。
女の子の指先を手当てし始めると、ようやく彼女は泣きやんだ。
「ありがとう、おねえさん」
わたしはうなずいた。
「大丈夫? これで弾いてもそんなに痛くないと思うけど、でもしばらく練習は休んだ方がいいかも。新しい皮ができるまで」
わたしがそう言うと、女の子は急いで首を横に振った。
「練習しなきゃいけないの!」
「でも・・・・・・」
「もっと練習しなきゃ!」
まるで何かに憑りつかれたみたいにそう言っている。
わたしにも身に覚えはある。
ピアノの発表会や、コンクールが近づいてくると、わたしもそうだった。どれだけ練習しても、し足りないと思ってしまうものだ。
巾着袋をバッグに仕舞いながら、わたしは言った。
「きっと大丈夫。だって、あなたよりわたしの方がずうっとへたっぴだもん」
指先に包帯を巻いてもらい、それでも弦に指を当てていた女の子が顔を上げた。
「えっ? ・・・・・・お姉さんもギター弾くの?」
「そうなんだ」
わたしはうなずいた。
「昨日、いきなりオーブフェスタで弾くことになっちゃって。でも、ギターはほとんど弾いたことがないからちょっと困ってるの」
「ひ、弾いたことがないって、もうすぐだよ? 大丈夫なの?」
わたしより女の子の方が焦った表情になる。
「う~~ん、大丈夫じゃないかもしれないけど、でもこれから練習するしかないから」
女の子は呆気に取られたように「すごいね」と呟いた。
机に置いた大きなギターケースを手に取ると、わたしは女の子の前の席に座った。
不思議なんだけど、ギターを抱っこすると、心が落ち着く気がする。
わたしは訊ねた。
「ここで一人で練習してるの?」
女の子が微笑む。
「ええ、そうなの。にいさまが二時間ほどしたら来てくれるけど、それまで一人なの」
「にいさま? お兄ちゃんがいるんだ。ギター教えてくれるの?」
「うん。にいさまはすごぉくうまいのよ。毎年、オーブフェスタで弾いてたけど、今年はクラスの劇に出るから演奏はしないんだって」
「へぇ・・・」
かなりうらやましい。わたしもお兄様が欲しい。ギターを教えてくれるお兄様が!
女の子は不思議そうにわたしを見ている。
「ねぇ、おねえさん。それ、大人用のギターじゃない?」
「ああ、うん。そうなんだ。借り物なんだけど、これしかなくって」
大きくて弾きにくいけど仕方がない。
女の子も気の毒そうに「そっかぁ」と呟いた。
「おねえさん、えっと・・・パールさん? これから一人で練習するの?」
「パールでいいよ!」
わたしは言った。
「実はどうしようか迷ってるところなんだ。練習する場所もないし、教えてくれる人もいないから」
がっくりと肩を落とすと、それを見た女の子が笑った。
「ねえねえ、だったらここで練習すればいいよ」
「いいの?」
「もちろん」
にこっと微笑んだ女の子の顔を見て、わたしも思わず笑ってしまった。だって、前歯が一本なかったんだもん。
「もしかして生え変わり?」
口元を指差すと、女の子はぷっと頬をふくまらせた。
「言わないで!」
口を手で隠してしまう。
――あああ、かわいい~~。
妹がいたらこんな感じだったのかも。
弟がいるけど可愛いというより、中学生になった途端、生意気になっちゃったから、女の子の可愛さが胸にきゅんとくる。
しばらくわたしたちは雑談をして、お互いのことを話した。
女の子は名前をアンバーといって、下級の一年生。この春、ティグリス学院に入学したばかり。
一年生は寮では上級の四年生と組むことになっていて、部屋では十九才の人と同室らしい。
面倒はみてくれるけど、話は合わないし、入学してまだ一月足らずのこの時期ではクラスの友達ともそれほど仲良くなってはいなくて、ちょっとホームシックかもしれないと話してくれた。
わたしもそれを聞いて、夜になると急に寂しくなって、家に帰りたくて泣いてしまうと話したら、アンバーが手を握ってうなずいてくれた。
アンバーは今度のオーブフェスタで久しぶりに両親に会えるらしく、それもあってギターの練習をがんばっていたらしい。
でも、ちょっとこれはがんばりすぎかも。
手を見せてもらったけど、左手は弦を押さえる指先が、右手は特に親指がひどく傷ついていて、無残な状態になっていた。
そこまでなるなんて、どれほど練習したんだろうと思う。
わたしはちょっと、今から練習するなんて言ったことを後悔した。
――そりゃ、「すごいね」って言われるよね。
アンバーは包帯を巻いた指でギターを弾き始めながら言った。
「わたしはね、三曲弾くの。練習曲と、リリアンニ地方の子守り歌と、それから吟遊詩人の戦歌よ」
アンバーが弾き始めた途端、わたしは目をぱちぱちさせた。だって、聞いたことがある曲だったから。
「『サンパルティーノの血みどろ戦争』よ」
にこっと微笑みながらアンバーが言う。
わたしの頭にアラゴンの顔が浮かび、彼の鼻歌が聴こえてきた気がした。
「それで、パールは何の曲を弾くの?」
訊かれて、さらにわたしは目をぱちぱちさせた。
「ま、まだ・・・・・・考えてないの」
「えええっ!? ほ、本当に大丈夫なの、パール!?」
アンバーの驚嘆を前に、わたしも思わず自分に訊き返していた。
――本当に大丈夫、わたし・・・・・・!?




