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アラゴンの歌

「なんなんだ、あいつら。あんなに急いで」

 アラゴンはステラが山の方へ猛スピードで飛行していくと、そう呟いた。

 わたしも首をかしげる。

「もしかして、何か用事ができたのかもしれませんね」

 わたしは一瞬だったけど、ステラの上にミシェルとジェダイドがいるのを目にしていた。後ろにジェダイドが座っていた気がする。

 それにしても恐ろしい。

 あんな速度で飛ばれたら、わたしだったら完全に失神しているはずだ。

 わたしは思い出してアラゴンに言った。

「そういえば、ジェダイドが昼食に遅れるってぼやいていたから、それで急いでいるのかもしれないですね」

 アラゴンがわたしの後ろでハハッと笑った。

「なんだ、そんなことか。確かにそろそろ昼メシの時間かもな」

 ごそごそとアラゴンが自分の服の襟元に手を突っ込み、拳大ほどもある大きな青い石を取り出した。

「ほら、見ろよ」

 後ろからわたしの方へ、その青い石を差し出してくる。それはほんのり群青色に輝いていた。中央部分が濃く、端になるほど輝きが薄い。

 実はこの石、わたしも最近知ったんだけど、この世界では時計として使われているもので、時間を知ることができる貴重な鉱石らしい。

 落星石といって、朝には薄い光を放ち、夕方頃に一番輝き、太陽が沈むとあっという間に光らなくなるという変わった石で、学校の先生はみんな持っている。

 生徒は上流貴族の子供でも滅多に持っていないから高価なものみたい。クラスでもリアが持っているのを見たことがあるだけだから。

 ジェダイドに聞いてみたら、「あんな重いものずっと持ってられるかよ」と言っていた。

 確かに間近で見ると大きいし、常に持ち歩くには重そう。

 アラゴンは石の輝きを読み取り、わたしにもう昼過ぎだと告げると、石をまた服の中に戻した。紐をつけて首から下げているのだ。

「重くないですか、それ?」

 わたしが思わずそう訊ねると、アラゴンは笑った。

「もう慣れた。それに、以前ポケットに突っ込んでたら落として割っちまったことがあってな。ミシェルが落星石を割るなんてドラゴンを殺すようなものですよって、目くじらたてて怒ってさ。あン時は参ったぜ」

「高価な石なんですよね?」

「そうそう。この大きさならヤングドラゴンが二頭は買えるからな」

 ふと、わたしはアラゴンの言葉に、ドラゴンの涙のことを思い出した。ステラが流した涙の粒のことだ。

 ――ステラの涙でミドルドラゴンが一頭買えるって、ジェダイドが言ってたっけ。

 ミドルドラゴンはヤングドラゴンよりも歳を重ねたドラゴンで高価だ。

 ――つまり、落星石よりドラゴンの涙の方が貴重なんだ。

 やっぱり、あのステラの涙、わたしが持ってていいのかな、なんて思ってしまう。

 まだクリスティーヌにも話していないけど、貧乏貴族だと言う彼女に話したら、びっくして泡吹いて倒れたりしないかな。ちょっと不安になる。

 わたしが「うう~~ん」とうなっていると、後ろでアラゴンが気分がいいのか、鼻歌を始めた。

 最初はかすかに聞こえる程度だったけど、すぐに楽しそうに声を出して歌い出す。

 聞いたことのない曲だった。

 前に聞いたクリスティーヌのお経のような淡々とした曲ではなく、もうちょっとリズミカルな気がする。

 でも、なんていうか・・・・・・。

 ――やっぱり平淡な感じなんだよね。

 あまり起伏のない同じメロディが何度も繰り返されるんだけど、どう聞いても歌っているというよりは喋っている感じに近い。

 抑揚のついた詩を読んでいるような感じだ。

 わたしの情報収集では今のところ、この世界の音楽とおぼしきものは、学校にある礼拝堂で歌われている賛美歌が一番メジャーでポップな曲になっている。

 この国は多神教で、神々に捧げるための賛美歌は音階を理解した人が作ったらしく、きれいな曲もあるんだけど、すべて神様への贈り物として作られているので、外で歌うことは禁止されている。

 実はこっそり礼拝堂を覗いて練習風景を見たことがあるけど、伴奏用の楽器はギターとフルートのような横笛だけで、ピアノはやっぱりなかった。

 後ろでアラゴンがまた同じメロディを繰り返して歌っている。

「あの、アラゴンさん?」

「なんだ?」

 歌うのをやめ、アラゴンが訊き返してくる。

「あの、その歌ですけど・・・」

「ああ、これか。これはうちの家に吟遊詩人が来たときに歌っていたんだ」

「ぎ、吟遊詩人?」

 ちょっと聞き慣れない言葉に動揺しつつ、わたしは言った。

「あのですね、もうちょっと楽しい歌にしませんか? その・・・メロディラインもそうなんですけど、歌詞もちょっと暗いっていうか、怖いっていうか・・・」

 アラゴンは顔をしかめた。

 でも、青空の下を大鷲に乗って、草原の上を気持ちのいい風を浴びて飛んでいるのに、後ろから「今まさにおまえの首元に剣を突き刺す」とか「泣いてすがる乙女を置いて」とか、昔の戦の風景を歌われると、なんとも言えない気分になる。

「歌詞? この詩のことか? そんなに変か?」

「変というか、この状況にあっていない気がしてですね。もうちょっと明るい歌はないんですか?」

「明るい、なぁ?」

 アラゴンが首をかしげたので、わたしは言った。

「たとえば、今日は素敵な日だなって歌とか」

「・・・・・・パール、おまえって変なことを言うなぁ」

 そうかな? 普通だと思うけど。楽しい気分のときに歌う歌があるはずだよね。

 アラゴンが考え込みながら言う。

「刈り入れのときに歌う農民の歌ならあるぞ。あとは、母親が子供を躾けるための歌だな。それから今の『サンパルティーノの血みどろ戦争』とか『グルクス攻城戦記』みたいな吟遊詩人の譚歌(たんか)だろ。他には宮廷で楽人が歌うような恋の歌か」

 どれも今の楽しい気分に合いそうにない。

 わたしは「はぁ」と気が抜けた返事をした。

 ムッとしたのか、アラゴンが後ろから言ってくる。

「じゃあおまえ、何か楽しい歌を歌ってみろ」

「わたしですか!?」

 こっちにお鉢が回ってきて、わたしは困惑した。

 別に歌わなくてもいいと思うんだよね。このきれいな景色を見ながら、飛んでいるだけでわたしは満足だし。

「いいから、歌ってみろ!」

「・・・・・・ええっと、いきなり歌えと言われても」

 わたしがもごもご言うと、アラゴンが後ろから覆い被さるように、もたれかかってきた。

「ほらほら、楽しくなるような歌を歌ってみろ!」

「ええっ!?」

 いきなり言われても、何を歌えばいいのか思いつかない。

 う~んう~んと考えた末、自分の携帯端末に入れていた流行りの曲を思い出そうとしたんだけど、ちゃんと歌詞を覚えている曲がないことに気づいた。

 結局、子供の頃に何度も観た映画で、箒に乗って空を飛んでいる魔女っ子が歌っていたのを思い出し、わたしはその曲を歌い出した。

 アップテンポでリズミカルな曲だ。



  飛べるってことをいつ知った?

  あなたの心が

  あなたの躰が

  どこまでも自由だっていつ知ったの?


  家々の屋根を飛び越えて

  手放してしまった風船を追い抜いて

  笑っているお月さまの顔を間近に見よう


  一人だと思うなら 見渡してみて

  あなたの手の先に わたしはいるわ

  いまでもずっと一緒に飛んでいるわ


  歌えるってことをいつ知った?

  あなたの想いが

  あなたの命が

  羽ばたく風になるっていつ知ったの?


  朝霧に煙る街を抜けて

  物思いに耽る孤独な肩を叩いて

  目を覚ました太陽まで飛翔しよう


  一人だと思うなら 見渡してみて

  あなたの手の先に わたしはいるわ

  いまでもずっと一緒に歌っているわ



 ふう、とわたしは歌い終わると息をついた。

 わたしを後ろから抱き込んでいたアラゴンは黙っている。

「あのぉ、アラゴンさん? どうでしたか?」

 楽しい気分になったかな、と不安な気持ちで振り返る。

 すると、翠色の目を丸く見開いているアラゴンが見えた。

「あのぉ?」

「・・・・・・」

「アラゴンさん?」

「・・・・・・」

 音をちょっと外したかもしれないけど、聞くに堪えないほどの音痴ではなかったはず。

 アラゴンの表情がぴくりとも動かないので怖くなってくる。

「アラゴンさん、息してます?」

「・・・・・・」

 怖々と待っていると、突如、アラゴンが「ブハァッ!!」と盛大に息を吐き出した。

 本当に息を止めていたのかと、ちょっとびっくりする。

「大丈夫ですか、アラゴンさん」

 わたしの心配をよそに、アラゴンは頬を上気させ、興奮した顔で言った。

「パール、もう一回歌ってくれ!」

「えっ?」

「一回じゃ、覚えられない!」

「・・・・・・覚えるつもりですか?」

「当たり前だろ! 覚えてミシェルにも聞かせてやらないとな!」

「そ、そうですか」

 戸惑いつつ、わたしはもう一度、今度はちょっとゆっくり歌い出した。

 アラゴンが後ろで追走するように、ふんふんと鼻を鳴らしている。

 ――本当に覚える気なんだ・・・・・・。

 おそらくだけど、この世界には録音機器がない。あれば、もっと色々な種類の音楽が広がっているだろう。

 誰かが歌っているのを聞いて覚えて、それを歌う。そうして広がるだけだと、やっぱり発展しにくいのかもしれない。

 わたしはアラゴンが「もう一回、もう一回」と言うたびに、同じ歌を繰り返した。

 結局、学校に戻るまで五回も同じ歌を歌うことになった。

 ティグリス学士院の厩舎前のグラウンドに大鷲で降り立った頃には、すっかりお昼を回ってしまい、生徒たちはごはんを終えて、掃除の時間になっていた。

 グラウンドには、ゴーヤン先生とステラ、それにジェダイドとミシェルが待っていた。

 大鷲で戻ったわたしを見ると、ジェダイドは駆け寄ってきた。でも、その顔がなぜか暗い。というか、疲労困憊している。

「大丈夫、ジェダイド?」

 わたしの方がそう声をかけたぐらいだ。

 ぐったりした表情のジェダイドは、こくりとうなずいた。

「大丈夫だ。パールこそ、兄貴に何かされなかったか?」

「・・・・・・あにき?」

「ああ」

 ジェダイドがうなずく。

「兄貴!?」

「そうだけど?」

 ジェダイドが不思議そうに返す。

 わたしは大鷲から降りてきたアラゴンを見上げた。

「ジェダイドのお兄さんだったんですか?」

「あれ? 知らなかったっけ?」

「知りませんよ!」

「ああ、そうか、おまえ記憶喪失だったか。すっかり忘れてたな」

 アラゴンがハハハ~と笑いながら告げる。

 わたしはがくっと肩を落とした。

 言われてみれば、アラゴンもジェダイドも髪は栗色だし、瞳は同じ翠色だ。アラゴンの方が精悍な顔つきだけど、それは八つも年上だからで、鼻の形も顎のラインも二人はよく似ていた。

 アラゴンは凝り固まった身体をほぐすように、両腕を上げ伸びをすると言った。

「ああ、楽しかった! また一緒に飛ぼうな、パール」

「はい」

 わたしはうなずいた。だって、本当に楽しかったから。

 ドラゴンとは違い、大鷲で空を飛ぶのは好きかもしれない。

 それに歌っていたせいもあって、行きよりもずっと速く帰ってきた気がした。

 実際には大鷲の方がずっと遅いんだけどね。

「じゃあな、パール、ジェダイド」

 アラゴンはミシェルと共に、大鷲を連れて校舎の方へ去って行く。

「あれ? あの鳥はどうするんだろう」

 わたしが呟くと、ジェダイドが教えてくれた。

「専用の鳥舎があるんだ。そこに戻すんだよ」

「へぇ」

 感心しているわたしを、ジェダイドが横目で睨みつけてきた。

「パール、本当に兄貴に何かされたんじゃないだろうな」

「何かって?」

「・・・・・・」

 何のことやらさっぱりだ。アラゴンはわたしを大鷲に放り上げたりしたけど、本当に乱暴なことはされていない。

 むしろ一緒に歌を歌って楽しく帰ってきた。

「あいつ、女と見ればベタベタ触る癖があるんだ。だから・・・その・・・」

「それって、同じ年頃の女の子でしょう。アラゴンさんから見たら、わたしは子供だからそういうことはないと思うよ?」

「・・・・・・」

 なぜかジェダイドはむくれたままだ。

 ――アラゴンさんって信用ないなぁ。

 ジェダイドはまだむすっとしていたけど、ゴーヤン先生がわたしたちを呼んだので、厩舎の方へ歩き出した。

 ステラも大人しく付いて来る。

 なんとか長かったドラゴン騎乗実習が終わって、わたしは心底、ほっとしていた。


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