アラゴンとミシェル2
ジェダイドが野原に戻ってきたのは、わたしがアラゴンと大鷲に乗って飛び立ってから十分以上経った後だった。
座り込んでいるステラとジャスパー、そしてその傍らでなぜか心地よく昼寝をしていたミシェルを見つけたジェダイドは当然困惑し、わたしの姿がないことに驚いた。
「なんでミシェルがいるんだ!? パールはどこだ!?」
怒りだしたジェダイドに、ミシェルは平然と答えた。
「パールはアラゴンが大鷲で先に学校へ送り届けることにしました」
「なんでだよッ!!」
「なぜって、ここでドラゴンが二頭暴れていて、パールが顔の肉を削がれそうになっていたのをアラゴンが助けたからです」
「・・・・・・」
ジェダイドは絶句し、それからジャスパーを睨みつけた。赤褐色のその巨体のドラゴンは視線に気づいて気まずそうに、ふいっと顔を背ける。
パールにちょっかいを出して軽く踏みつけて遊んでいたところ、それを見たステラが激怒し、二頭は殴り合いのケンカになったのだが、当然ジャスパーはパールを意図的に傷つけようと思っていたわけではなかった。ちょっと頭に血が昇ったせいで、我を忘れてしまったのだ。
アラゴンに首輪を締められ冷静になってからは、大きな体を丸め、すっかり凹んでしまっていた。
反対にステラはパールを助けたつもりが、首輪を締められ苦痛を与えられたことにむくれていた。同じく体を丸めてやさぐれている。
「ええっと、どうしてここにジャスパーがいるのか訊きたいんだけど」
ジェダイドが問いかけると、ミシェルは肩をすくめた。
「それはわたしも知りません。わたしたちがこの上空を通り過ぎていたとき、すでに二頭が暴れていましたからね」
「そっか・・・・・・」
ジェダイドはジャスパーがリア・コーラルとマチルダの騎乗ドラゴンだと知っていた。それにオリの町で二人と会ってもいた。
「あいつら、もしかしてパールにジャスパーを押しつけて町へ下りてきていたのか」
ぶつぶつと、ジェダイドが呟く。
リアとマチルダは、ルンドール書店から出て来たジェダイドを見つけて近寄って来ると、しきりにカフェに寄ろうと誘って来た。
パールが待っているからと断ったのだが、リアに腕を絡め取られ、おごるから一杯だけと連れて行かれ、紅茶を飲んでしまったのだ。
――あああ、おれのバカッ!
ジェダイドは頭を抱えてうな垂れた。パールには林檎のアイスクリームを持って行くからいいか、なんて軽く考えてしまったせいだ。
そのアイスクリームの袋をぶら下げたまま、ジェダイドは自分を殴りつけたくなった。
よく見ると、野原のあちこちで地面がえぐれて剥き出しになっている。
――パール、怖かっただろうな。
肩を落とし、ジェダイドは再度、ミシェルに確認した。
「あの、本当にパール、大丈夫なんだよな?」
「ええ、それは心配いりません。ただ、どうやら体調が悪かったのか、顔色がすぐれないようでしたので、アラゴンはドラゴンより大鷲の方が帰りはいいだろうと判断したんですよ」
「・・・・・・わかった」
本当は嫌だったが、ジェダイドはうなずいた。
パールがステラに乗るたびに目を回しているのは確かだ。ドラゴンよりも大鷲の方が乗り心地はいい。それに一緒に乗っているのがアラゴンなら、ジェダイドにとっては安心だった。
アラゴンは竜槍士と呼ばれるモルガナイト公国の認めた騎士団に所属する槍騎士の一人だ。ドラゴンにも大鷲にも乗り慣れている。
万が一にもパールを落っことすなんてことはないだろう。
「そういうわけですから、わたしはあなたとステラで帰ることになりました。どちらが後ろに乗りますか?」
ジェダイドが安心していると、ミシェルが不敵な笑みを浮かべながら言った。
――相変わらず嫌味ったらしいな。
女子供にはやさしいミシェルだが、ジェダイドには昔から風当たりがきつい。アラゴンは気のせいだろうと言っていたが、ジェダイドは絶対に気のせいではないと思っていた。
ジェダイドはステラの方に歩いて行くと、先に乗りながら言う。
「当然、おれが後ろだろ。おれの実習なんだから」
ジェダイドがそう答えると思っていたのか、ミシェルが下でふふふと笑う。
「そうですか。では、お手並み拝見させていただきましょう」
ジェダイドは鞍の後部に座り、手綱を手に取りながら、いけ好かない上級生に一泡吹かせてやると決めた。
それから小一時間。
わたしはというと、アラゴンと大鷲に乗って、かなり快適な遊覧飛行を楽しんでいた。
本当にドラゴンとは大違いなの!
絨毯が敷かれた大鷲の上は、座り心地は羽毛のおかげでふわふわ。少し温かいのもいい。ドラゴンは鞍が付いてるけど岩の上に座っているみたいに硬いし、冷たい風にさらされてお腹が痛くなりそうなぐらいだもん。元々、冷え症だったわたしにはきつい。まぁ、今のパールは十才だから冷え症ってことはないだろうけど。
それに、ドラゴンと違って、上下にさほど揺れないのもいい。大鷲は翼をめいっぱい広げて、風を利用して飛んでいるせいか、浮き上がるのも下がるのも滑らかで、急降下したり、やたらと翼を羽ばたかせて震動でわたしのお尻に致命的な激痛を与えるドラゴンとは雲泥の差がある。
何より、アラゴンと大鷲の呼吸がぴったりと合っているのを感じた。アラゴンは手綱を引っ張ったり、靴の踵でむやみに蹴ったりなんて絶対にしない。手綱はただ持っているだけ。大鷲は自由気ままに飛んでいるようだった。それでもちゃんと学校へ向かっているんだからすごい。
大鷲は風に乗ってご機嫌な様子で飛んでいる。後ろでアラゴンもにこにこしていて、わたしは何も怖がる必要がなかった。アラゴンの足の間にすっぽり収まっていたから、転がり落ちる心配も飛んで行く不安もない。
「どうだ、パール? ちょっと気分よくなったか?」
後ろから訊かれて、わたしは大きくうなずいた。
「はい! ドラゴンと全然違いますね」
「そうだろ、そうだろ。ステラも他のドラゴンに比べると丁寧に飛ぶ方だけど、やっぱり乗り心地は鳥に限るよな」
なんだか、ステラのことをよく知っているみたいな言い方にわたしは訊き返した。
「あの、ステラに乗ったことあるんですか?」
アラゴンがハハッと明るく笑う。
「あるも何も、おれとミシェルの学校での騎乗ドラゴンはステラだからな」
「そうなんですか!?」
「学年やクラスごとに、同じドラゴンを使っているのは知っているだろ?」
「あ、はい」
ずっと世話をしていたせいか、ステラはわたしとジェダイドのものって気がしていたけど、そういえばクラスごとに実習で乗るドラゴンは被っていることを思い出す。
「ドラゴンは数が限られているから仕方ないよな。で、おれとミシェルは下級の四年生からずっとステラ担当なんだよ」
「じゃあ、わたしとジェダイドより長く乗っているんですね」
「そういうこと」
わたしは感嘆して思わず「ほわ~」と口からもらした。
「ステラは人間でいうと、美人なお姉さんってところだからな。おれとミシェルにはぴったりだ。それに比べてジャスパー、あいつは乱暴で性格もひねてて、なぜか乗る人間もそういうヤツが多いんだよなぁ」
「ハハ・・・ハハハハハ・・・・・・」
うなずいていいのか悪いのか、わたしは曖昧な笑みで返した。
リアとマチルダのことを思い出すと、ちょっとムカッときてしまう。勝手にジャスパーを押し付けて行ってしまうなんてひどすぎる。なにせ、リアはわたしがまるで魔法を使えないことを授業で見ていて知っているんだから。魔法の授業のたびにリアと二人の御付にくすくす笑われているぐらいだもん。
ジャスパーに何かあっても、わたしが魔法で止められないことぐらい、リアならきっとわかっていた。
わたしが、ぷくっと頬をふくらませている間にも、大鷲はだだっ広い草原の上を快適に飛行していた。爽やかな風を翼で捉えて、ほとんど揺れることもなく、わたしたちを学校へと連れて行ってくれる。
ドラゴンに乗っていたときとは違い、辺りの景色を見る余裕が出てきていた。
草原の前方には、山裾に広がる濃い緑色をした針葉樹の森が見えている。わたしたちの真下の草原は小高い丘が連なっていて、薄い青と緑に覆われ、羊なのか白い点々がところどころに散らばって動いていた。間を一本の茶色い細い道が森までうねうねと伸びていて、羊飼いのものらしき荷台の付いた馬車が道の脇に停まっている。のどかでゆったりとした景色だ。
曇りがちだった空はすっかり晴れ渡り、わたしたちの乗っている大鷲の側を、白い渡り鳥が楔形になって飛んでいた。
「気持ちいいですねぇ」
わたしがうっとりした声で言うと、アラゴンが後ろで笑った。
「だよなぁ。もうずうっとこいつに乗ってたいよ。学校とか家とか忘れちまってさ」
そう言ってから、アラゴンはハッとしたように息を呑み、わたしに謝った。
「わ、悪い、パール。今のは、その・・・・・・」
わたしの記憶喪失のことを思い出したのだろう。
「いいんですよ」
わたしは笑い返した。
「気にしないでください。わたしだって、こんなに気持ちよかったら、学校のことまた忘れちゃいたいぐらいです」
わたしがふふふっと笑うと、アラゴンはようやく安心したのか、後ろからわたしの小さな頭に顎を載せてきた。嬉しそうに言う。
「じゃあ、パール、おれと駆け落ちでもするか? 全部放って、このまま行けるところまで行ってみるんだ」
「そうしたいのはやまやまですけど・・・」
わたしは渋った。
「なんだよ、もしかして他の男がいるのか?」
見当違いなことを聞かれる。わたしは頭の上にあるアラゴンの顎を押しのけながら言った。
「違いますよ。わたしがいなくなったらクリスティーヌが心配するなぁって」
「女友達かよ」
「クリスティーヌはすごくいい子なんですよ! わたしが全力でお薦めできる見た目は可憐、中身はできるママ、な将来有望株です!」
「・・・・・・褒めてるのか、それ」
「ベタ褒めです!」
苦笑するアラゴンにわたしは力説した。だって、クリスティーヌは本当に素晴らしい女の子だと思うから。
「クリスティーヌか、おまえと一緒にいるところを見かけたことはあるが、話したことはないな。それに、おれとじゃ歳の差が大きいだろ」
わたしは顔をしかめた。
「別にアラゴンさんには薦めてません」
「いや、おまえ今全力で薦めてたろ」
「そういう意味で薦めたわけじゃありません」
「なんだよ、ケチ臭いな。そうまで言われると、気になってくるだろ」
「ダメですよ。その方面で薦めるなら、アラゴンさんじゃなくミシェルさんにしたいので」
「おい!」
言い合っていると、ふいにアラゴンが顔を上げて西の方角を見た。
「ん? あれは・・・・・・」
わたしもその声につられて、その方向を見る。
すると、濃灰色のドラゴンが一頭、ものすごいスピードで学校の方へ飛んで行くところだった。
「あれっ? ステラ?」
わたしが呟く。
「みたいだな」
アラゴンさんも不思議そうに答える。
わたしたちの大鷲を追い抜き、あっという間にステラは山の連なりの間に消えて行った。




