ジェダイドとの約束
ジェダイドはヤンカシュを器用に操り、自分の前を飛ばせていた。羽はお飾りじゃなく、本当に飛ぶためのものらしい。
――でも見た目は蛇にしか見えないなぁ。
ジェダイドから三メートルほど後方を、わたしは嫌々、虫かごを下げて歩いていた。
場所は多分だけど、学院の西側だ。校舎は山の中腹に建てられているので、四方を森に囲まれている。それでも北側には寮があるし、南側に下りて行けば町があって、深い森に生徒が入り込まないよう、東側と西側には金網のフェンスが備え付けてあった。
ジェダイドはわたしを連れて、校舎の西側、森との境に行くと、ズボンのポケットから二十センチほどの木の杖を取り出し、フェンスに向けて何か呟いた。
杖の先が光って、フェンスが一部、金色に輝く。まるで金網が熱で溶けたみたいにふにゃふにゃになって、一メートルほどの大きな穴ができた。
「すごいね、ジェダイド!」
わたしが魔法に驚く。
ジェダイドは振り返らず、先に穴をくぐり抜けた。
「おまえも鍵を開ける魔法は覚えた方がいいぞ。これからも森に入ることがあるだろうからな」
ジェダイドは穴の向こう側で杖をポケットに仕舞いながら言う。
「おれたちの幻想生物部と夜間の見回りをする警備部、それに生徒評議会は森に入ることを許されてるんだ。だからフェンスの鍵を開ける呪文を教わってる」
「へぇ」
わたしも屈んで穴をくぐり抜けようとする。すると、ジェダイドが手を差し出してきた。
――もしかして、この手を掴めってことなのかな?
一瞬、わたしがためらったのを見て、ジェダイドはすぐに手を引っ込めた。
「おまえ、ドジだから引っ張ってやろうかと思ったけどやめた!」
と、顔を背ける。
「いいもん、わたし一人で大丈夫だもん」
わたしは、むっとしながら穴をくぐり抜けた。
ジェダイドっていまいち、親切なのか意地悪なのかわからない。
灰色の蛇のようなヤンカシュを連れたわたしたちは、それから無言で森の中を進んで行った。
校舎の外ではまだ明るいと思ったけど、森の中はかなり暗かった。気をつけないと、木の根っこや下草に足を取られそうになる。
森の中はとがった細い葉を持つ背の高い木が多く見られる。おそらく針葉樹だ。
――ってことは、ここって寒い地方なのかな。
わたしのいた世界とは違うから想像でしかないけど。
クリスティーヌが言うには、この世界にも春夏秋冬があるらしいし、場所によって気温の差もあるはずだ。
――これから夏になっていくみたいだからよかったかも。
わたしにしてみれば、寒いより暑い方がまし。だって、寒いと手がかじかんでピアノが弾きにくくなるからね。
――あ、ピアノないんだった。
思い出して、わたしはちょっと落ち込んだ。
それから足早なジェダイドに付いて、急いで歩いていると、木々の上の方から妙な音が聞こえてきた。怪しげな生き物でもいるかのような、ギコギコギコギコという音や、甲高いヒーヒーいう鳴き声。木々の奥の方から、ドスドスと激しい足音も聞こえた。
わたしは顔をひきつらせ、ジェダイドとの距離を縮めて、背中にひっつきそうなほど近づいた。
「あ、あの・・・ジェダイド・・・」
「なんだよ?」
「ここはその、本当に安全なのかな?」
ジェダイドが振り返り、わたしの顔を見て、にやっと笑う。嫌な笑い方。
案の定、ジェダイドはバカにしてきた。
「もしかして、怖いのかよ。パールっておっくびょうだな~~」
「臆病じゃないよ、何か危険な生き物がいるかもって安全面について憂慮してるだけだよ」
「ゆーりょ? 意味わかんねぇし」
「なんでよ!」
わたしは手を振り上げた。木々の上や周囲の木陰を指差して、ジェダイドに告げる。
「聞こえなかったの? 変な鳴き声とか足音とか!」
「ああ、あれは大丈夫。つうか、この森にいる生き物なんて大したことないからな」
「・・・・・・ホントに?」
「本当に」
ジェダイドがうなずく。
「夜は狼とか熊とか野生の肉食獣が出るけど、マジで危険な生き物は警備部と先生たちが追い払ってるから、学習したのか近づいて来なくなったんだよ」
「そ、そうなんだ・・・」
わたしはちょっとだけ安堵した。まぁ、狼も熊も怖いけど、ジェダイドが平気そうな顔をしているから、大丈夫なんだろう。
「それよりおまえは別のことを心配した方がいいぞ」
ジェダイドに言われて、わたしは首をかしげた。
「別のこと?」
「ああ、森には道なんてないからな。おれとはぐれたら、おまえ学校に戻れなくなると思う」
「・・・・・・」
確かに、言われるまで気づかなかった。わたしもジェダイドもさっきから、結構早足にすたすたと森の中を歩いているけど、どっちから来たのか、もう覚えてない。
「ジェダイドは道わかるの?」
「おれは魔法で方位がわかる」
「そ、そうなんだ」
なんかずるい。わたしも魔法でわかりたい。でも、わたし、全然魔法が使えないんだよね。
一応、パールの杖を持ち歩いてはいるんだけど、今のところ魔法の授業でさえ思うようにできたことがなくって。チョークを浮かそうとして天井にぶつけて粉々にしたり、コップの水の色を変えようとして沸騰させたり。
でもね、これは言い訳じゃないけど、魔法の授業は四年生からなんだって。だから、魔法がうまく扱えない子は他にもいっぱいいるから、今のところ落ちこぼれってわけじゃないと思う。
授業で見ていたら、ジェダイドやリア・コーラルとそのお供の女の子たちは、うまく魔法を使っていた。もしかしたら上流貴族の子は前から杖を使っていたのかも。わたしの憶測だけど。
わたしが肩を落としてがっくりしていると、ジェダイドがヤンカシュのリードを持っている方とは反対の手を差し出してきた。
「しょうがねぇなぁ。ほら」
ジェダイドの左手を見つめて、それから顔を見上げる。ジェダイドはぶすったれた顔をしていた。いかにも、迷子になったら迷惑だから、おれさまの手を掴んでいろと言った表情。
「むむぅ」
わたしは唸った。唸ったけども、仕方なく手を取った。
十才の子供に手を繋いでもらう十八才ってどうなんだろう。パールの中のわたしが、これは恥ずかしい! と訴えているんだけど。でも背に腹は代えられないわ。自分のドジさはよく理解しているから。
ジェダイドがちょっと歩く速度を落としたので、わたしは転ばないように下を見ながらゆっくり歩けるようになった。
「ね、ジェダイド」
「なんだ?」
「ピクシーって見たことあるの?」
わたしの質問にジェダイドは、
「ああ、さっき生物室にもいたけど、気づかなかったのかよ」
と少し笑いながら言った。
「知らないよ。わたし、何も知らないんだから」
「・・・・・・」
ジェダイドが急にそこで足を止めたので、思わず地面につんのめりそうになった。
「ちょっと、ジェダイド!?」
「おまえさ」
振り返ったジェダイドに真剣な目で見つめられる。
「おまえ、本当に何も覚えてないのか?」
「・・・えっと、そうだけど・・・・・・?」
本当は記憶がないんじゃなくて、別人なんだけどね。でも、それは言ってもわかってもらえないと思うから黙っておく。
「お、おれのことも?」
「えっ? うん。誰のことも、覚えてないけど」
「・・・・・・じゃあ、あの約束は無効だな」
ジェダイドはそう呟いた。
「約束?」
「いや、いいんだ。忘れたんなら、もうなかったことにする」
わたしはまだ繋いだままのジェダイドの手を引っ張った。
「ねぇ、パールと何か大事な約束したの?」
訊ねると、ジェダイドは苦しそうな顔でうつむいた。
「言ってみてよ。わたしがまた約束できるかも。思い出せないけど、また約束すればいいよ」
「簡単に言うなよ!」
急にジェダイドが怒鳴ったので、わたしは目を見開いた。
「簡単に言うな。あの約束は・・・もういい・・・・・・」
今度はジェダイドがわたしの手を引っ張った。怒った顔のまま歩き出す。
わたしは黙って、付いて行った。
数メートル行くと、ジェダイドが前方から小声で謝った。
「ごめん・・・その、おまえの方が大変なのに・・・」
「えっ? う、ううん。いいよ。あの、大丈夫だから。わたしこそ覚えてなくてごめんね」
「そうだな。おまえ、どっちにしろ、すぐ忘れてたかもしれないよな。バカだから」
いつものジェダイドっぽく、嫌味ったらしい声で言われる。でも、反論する気にはなれなかった。
だって、わたしがジェダイドを傷つけたみたいだったから。覚えていないのは、もちろんわたしのせいじゃない、と思う。だけど、約束を忘れてしまったパールは、ジェダイドにとっては、ここにいるわたしだ。
ちょっと重苦しい雰囲気になって、わたしたちはヤンカシュを先頭に歩いていた。そのとき、ふいにヤンカシュの動きが変わった。
素早く低木の陰に行こうと、強くリードを引っ張っている。ジェダイドもすぐに身を屈めた。
「パール、見つけたみたいだ」
抑えた声で言われて、わたしもその場にしゃがみ込んだ。
「見つけたって何を?」
「ピクシーだよ」
ジェダイドが低木に隠れながら、木々の向こうを指差す。
わたしは枝葉の間から、そうっと見上げて、目を瞬かせた。
きらきら白く輝く小鳥のようなものが三つほど、木々の奥にぽっかりとひらけた野原を、ふわふわと飛んでいた。




