ピクシーの捕獲
「いいか、パール。おまえはここでじっとしてろ。声を出すなよ」
ジェダイドに言われて、わたしはこくこくと無言でうなずいた。
ジェダイドは指に巻いていたヤンカシュのリードを伸ばし、もう片方の手に魔法の杖を握る。
わたしは杖を持ってきていなかった。だって、ろくな魔法が使えないし、むしろ余計にひどいことになりそうだから。
木々の向こうに見えるひらけた野原を、白い光がふわふわ飛び交っている。遠目だから虫に見えなくもない。
――結局、ピクシーがどんなものか聞かなかったなぁ。
なんとなく、名前から妖精とか精霊とか、その類のものを想像するけど、違ったら大変だし、この場はじっとしておくべきだよね。
――名前や姿がかわいくても、凶暴な生き物っているもんね。
頭の片隅に水族館で観たことのある氷の妖精クリオネが浮かぶ。かわいいけど、あっと驚く意外な捕食シーン。ピクシーがそうじゃないとは限らない。
わたしが両手を握り締め、身を屈めていると、ジェダイドはそうっと腰を浮かせて低木の陰から出た。物音も立てずに、一番近くの木の後ろにさっと走り込んで隠れる。何度かそれを繰り返し、野原の方へ近づいて行く。
――忍者みたい。うまいもんだなぁ。十才とは思えないよ。
感心しきりのわたしは、頭だけ低木の上から出していた。
野原のふわふわぴかぴかしているピクシーたちは、まるで踊っているみたいに見える。
三つの光が輪になって回転したり、それぞれ交互にジャンプしたり。
――・・・・・・楽しそう。
ゴーヤン先生は授業で使うから捕まえて来いって言ってたけど、どうするつもりなんだろう。わたしはちょっと不安になった。
――解剖とかじゃないよね。
そんなことなら捕まえたくない。中学生のときのミミズの解剖を思い出し、肩をすくめる。カエルじゃなかっただけマシだって言われるかもしれないけど、生き物を生きたまま解剖するのってかなり恐ろしいことだと思う。
――わたしの班、誰がやるかで揉めたもんなぁ。
結局、わたしは切り刻む係じゃなくてよかったけど、見ているだけでも悲惨で、一生忘れられない経験をしてしまった。
それを考えるとお医者さんってすごいよね。うんうん、とわたしがしゃがみ込んで、関係ないことに一人うなずいている間にも、ジェダイドはピクシーたちにかなり接近していた。
顔を上げたとき、ちょうどジェダイドの前で狙いを定めていたヤンカシュが、野原の真ん中にいる一匹のピクシーに飛びかかるところだった。
目にも留まらぬ速さで、ヤンカシュは矢のように体を伸ばし、一匹のピクシーに噛みついた。ジェダイドはまだ太い木の幹の後ろにいる。リードが長いのでピクシーたちはジェダイドには気づいていないようだ。
ヤンカシュは咥えた獲物と共に地面に落ち、残った二匹のピクシーは慌てて逃げていく。
ジェダイドは二匹が逃げ去るのを見てから、魔法の杖を手に木の陰から野原の方へ出て行った。
わたしも立ち上がり、ジェダイドの方へ歩き出す。
――結構、簡単なんだなぁ。
ヤンカシュの動きからして、ピクシーを捕まえるのに慣れていそうだった。ピクシーの天敵なのかな。
わたしが近づく間に、ジェダイドはヤンカシュのリードを引っ張って、ピクシーから引き離そうとしていた。
「こら、離せよ。羽がちぎれるだろ!」
咥えたまま離さないヤンカシュを怒鳴りつけている。
わたしは肩に下げていた虫かごを手に、ジェダイドに渡そうと寄って行く。捕まえたピクシーをここに入れるのだ。
「ジェダイド、これ――」
そのとき、右手から白く光る玉が一つ、猛スピードで突っ込んできた。さっき逃げたはずのピクシーだ。
ヤンカシュに気をとられているジェダイドに何かしようとしているのを察知したわたしは駆け出した。
「ジェダイド!!」
ジェダイドが振り返り、頭上に飛んでいるピクシーに気づいた。けど、ピクシーが激しく羽をばたばたさせて、紫色の粉のようなものを振りかける。
とっさにわたしはジェダイドを突き飛ばした。代わりにその場にスライディングしたみたいに、うつ伏せに倒れ込む。
「パールッ!!」
ジェダイドの叫び声が聞こえたけど、紫色の粉が全身に降りかかったわたしは、一瞬にして目の前の景色が変わってしまった。
何度も瞬きをしながら立ち上がる。
「あれ? ここって・・・・・・」
高校の体育館だ。そう気づいたとき、後ろから声がした。
「ほら早く! こっちこっち」
「並んでよぉ」
振り返ると、見知った友人の顔が何人も。
――・・・・・・?
腕を引っ張られて、体育着姿の友人たちに並ばされる。
「ええっと、ここは、学校?」
「何言ってるのよ」
「準備いいよ、音楽かけて!」
ラジカセのスイッチが入り、軽快な音楽が鳴り始める。
わたしはハッとした。
「こ、これは・・・『ちゅっして、キスミー』だ」
二年前に流行った女の子五人のポップス曲のイントロに、周りの友人たちが踊り始める。
「嘘でしょ」
わたしは呆然とした。
高校一年の体育の実技試験が創作ダンスだったのだ。
「ちょっと、ちゃんとして!」
怒鳴られ、わたしはよろよろと、だけど思ったよりちゃんと踊り始めた。
――どうなってるの・・・?
さっきまでジェダイドとピクシーを捕まえに森にいたのに、なぜか二年前の過去の、しかも思い出すのもこっ恥ずかしいダンスの練習中にタイムスリップしたってこと!?
――そんなバカな・・・・・・。
頭の中はパニックだけど、怒鳴られたくないので、わたしはとりあえずみんなに合わせて踊り続けた。




