親として責任を
あの後、グランディア伯爵が気を利かせてアルベルトとエリーゼの話し合いの場を設けてくれた。
グランディア邸の庭園で二人だけのお茶会が始まるという時に、またアルベルトが「王女殿下の元にいかなくては」と言い始めたので、とうとうエリーゼは堪忍袋の緒が切れる。
彼が再び自分との約束を破ろうとしていることを泣いて責め、感情のままに婚約指輪を投げつけようとした瞬間、さすがにまずいと思ったアルベルトが平謝りを始めた。
それでもエリーゼの怒りは収まらず、指輪を持つ手をぐっと握る。
すると、騒ぎを聞きつけた伯爵が物凄い勢いでその場に駆け付けてきた。
「エリーゼ嬢、何があった⁉ まさか……またアルベルトが君に無礼を?」
息を切らせながらエリーゼにそう問いかける伯爵。その勢いに圧されたものの、エリーゼはしっかりと頷いてみせる。
「アルベルト様が……また、王女殿下の元に向かおうと……」
それを聞いた伯爵は血管が切れんばかりに青筋を立て、勢いのままアルベルトを殴る。
「こんの……馬鹿息子が‼ 私はお前にエリーゼ嬢を尊重しろと言ったよな⁉ 二度と約束を破ることも、軽んじることも許さんと! 婚約は家同士の契約だと何度言えば理解する! 恥をかかせおって……この愚か者が!」
「ち、父上……! ですが、これは騎士の務めで……」
「王女殿下が輿入れするまでの、期間限定の腰掛け護衛風情が一端の口を利くな!」
「なっ……! 腰掛けなど、あまりに無礼です! 父上といえども許せません!」
「散々エリーゼ嬢に無礼を働いておいて、父親に一度無礼を働かれたくらいで騒ぐな小僧! この程度で許せぬなら、エリーゼ嬢の我慢は限界だと何故分からぬ‼」
「い、いえ……それとこれとは……」
「違うとでもぬかすか、愚物が! お前の器が小さいことはよーくわかった。グランディア家の跡取りがそんな砂粒ほどの器でいいと思うな! 私自ら鍛え直してやるからついて来い!」
ついて来い、と言いながらもアルベルトの首根っこを掴んで引き寄せる伯爵。
急に始まった荒事に茫然としていたエリーゼに、伯爵は深々と頭を下げた。
「エリーゼ嬢、せっかく足を運んでくれたのに愚息が度重なる無礼を働き、誠に申し訳ない! 父として深くお詫びする」
「い、いえ……そんな。どうぞ頭をお上げくださいませ、伯爵閣下」
先程まで怒り悲しんでいたエリーゼだが、あまりの展開にその感情もどこかに走り去ってしまった。
今あるのは、ただ驚きだけ。顔を腫らして首根っこを掴まれているアルベルトの姿に不思議と溜飲が下がる思いだ。
「私どもの教育が間違っていたようだ。言葉で語って分からぬのなら、拳で語るのみ。親として責任もって再教育致しますゆえ、今日のところはこれで……」
「あ、はい……。お疲れさまでございました。どうぞお気をつけて」
何に気をつけるのか分からないが、エリーゼは自然とそう口にした。
動かないアルベルトをずるずると引きずって去っていく伯爵を唖然としたまま見送る。
そうして姿が見えなくなった後、エリーゼは侍女に「帰りましょうか……」と告げ、帰路につくのだった。
*
その夜、エリーゼはベルベット張りのケースを開き、中の婚約指輪を見つめていた。
これは昼間、アルベルトに投げつけようとしたもの。指から外した後もつける気になれず、そのまま宝石箱へと仕舞った。
これを身に着けるということは、彼と結婚する意志があるということ。
銀細工が繊細な輝きを放ち、その中央には深い青のサファイアが埋め込まれているそれを無感情に眺めた。
深い青は彼の瞳の色。銀は彼の髪の色。愛しい人の色を象った指輪に以前は特別な感情があったはずなのに、今はそれを感じられない。むしろ、かすかな嫌悪すら覚える。
(わたくし……あの人の妻になって大丈夫かしら……)
ここ最近のアルベルトの言動にエリーゼは日に日に失望していた。そしてついに今日。父親に諭されたはずなのに、それでも王女のもとへ向かおうとした彼の姿を見て、胸に残っていた愛情が音もなく消えていくのを感じた。
それだけではない。優先すべきことを理解せず、貴族の在り方も無視し、執着にも似た忠誠心を王女のみに捧げる彼に生理的嫌悪を抱くようになってしまった。
貴族としても、婚約者としても、問題外のアルベルト。そんな男と夫婦になっても、いらぬ苦労ばかり背負わされてしまうのではないかという不安がよぎる。
もう、いっそのこと婚約を解消してしまおうか。
そう思えるくらいにアルベルトへの想いは以前とは別物になっていた。
結婚後、何かにつけてエリーゼ以外を優先して何処かに行ってしまうような最低な夫になる気しかしない。
とはいえど、両家を巻き込んでまでアルベルトを矯正させる方向にいったというのに、今更「将来に不安しかないので、やっぱり婚約解消でお願いします」なんて言えるわけがない。
しばし悩んだ後、エリーゼは「いや、むしろ言った方がいいのでは……?」と思い始めてきた。
アルベルトがいらぬ厄介事を持ち込んできた場合、エリーゼが苦労するだけで終わればまだいい方だが、万が一にもアシュラン家に累が及ぶことは避けたい。
よくよく悩んだ末、エリーゼは自分一人では判断できないと父親に相談した。
父親は小声で「あの小僧……」と呟き、頬杖をついて息をついた。
「再教育するというのなら、グランディア伯爵の顔に免じて少し様子をみてやれ。それでまた愚かなことをしようものなら躊躇わず婚約を破棄だ。これ以上は付き合いきれん」
伯爵は不満そうに「あれほど言ったのに……馬鹿なのか」と零す。
エリーゼは父がそう言うならと、アルベルトとの婚約を続けることにした。
だが、また彼がこちらを蔑ろにしようものなら迷わず破棄しよう。




