そうですね
真相は想像以上にくだらなかった。
エリーゼはずっと不思議に思っていたのだ。婚約者のいるリアナ王女に若い男の騎士を侍らすなどという、下手をすると不貞を疑われかねない真似をよく王妃が許したものだと。王侯貴族の母親は総じて娘の身辺に男性の影がないかを気にかける。というのも、一度その純潔を疑われてしまえば良い縁談に恵まれなくなってしまうからだ。
王侯貴族の娘は純潔でないと、まともな家に嫁ぐことが出来ない。
平民と違い、王侯貴族の結婚は政略。政略結婚は国や家同士の同盟や政治的な結びつきを作る手段である。
そして花嫁に課せられた務めは跡継ぎを産み、両家の結びつきを盤石なものとすることだ。
もちろん、花嫁の役目はそれだけではない。その子が誰からも正統な後継者と認められるよう、その血筋に疑いを抱かれぬよう、貞淑であることが絶対だ。
婚約者以外の男性と必要以上に親しくしてはならない。疑われるような真似は絶対にしてはならない。
それは自分の首を絞めることになるから。
これこそが、この国の淑女たちが母親や家庭教師から繰り返し叩き込まれてきた教えである。
まさか、国の女性の頂点に君臨する王妃がその教えに反したことをしていたとは思ってもみなかった。しかも、思い出作りという理由にもなっていない理由で。
(王妃殿下は娘に甘い御方だったのね……)
娘を甘やかすのは構わない。だが、その結果として娘の将来を閉ざしてしまっては本末転倒だ。
しかもこちらにまで飛び火しているのだから迷惑極まりない。王妃という立場でそれすらも想像できなかったとは呆れてしまう。
「……王妃殿下がご病気を理由にご療養され、側妃殿下が王妃の位に就かれたのは、そういう理由だったのですね」
てっきり、リアナ王女の件の責任を取らされたのだと思っていた。それにしては処分が重いとも感じていたが、黒幕だったというのなら仕方ない。あまりの馬鹿馬鹿しい理由に国王もさぞかし呆れたことだろう。
「そう……だと思う」
それだけ言うと、アルベルトは黙り込んでしまった。
エリーゼはそんな彼の様子を気にかけることもなく、再び紅茶のカップを手に取る。
沈黙が流れ、しばらくしてアルベルトが意を決したように口を開く。
「エリーゼ、私は……どこから間違ってしまったのだろう。確かに、君を守ると約束したのに……傷つけてばかりで……」
「さあ? どこだと思います?」
己の情けなさを噛みしめるように語るアルベルトに、エリーゼは興味を示すことなく聞き返した。
思いやりも優しさもない、どうでもいい相手にするような態度にアルベルトはひどく胸が痛んだ。
「それは……君より、王女殿下を優先したところからだと思う。今なら分かる。あれは護衛の域を超えていた……。護衛の役目は主人の安全を守ることだ。不安を解消することではない」
「そうですね」
「お傍で不安を和らげるのは女官の役目だ。それか……私より長くお傍にいる女性騎士がいるのだから、そちらに頼むべきだった。今なら分かる。私の存在は彼女達の面子を潰すものだ。新参者の、しかも男の私が誰より王女殿下に頼りにされていては、彼女達もさぞ不愉快だったろう……」
「そうですね」
「おまけに……臥せる殿下のお傍に侍るなど、あまりにも非常識な行いだった。婚約者でもない女性の寝室に足を踏み入れるなど、不貞を疑われてもおかしくない行為だ。思えば女官は何も言わなかったが、同僚の女性騎士は信じられないものを見るような目を向けていたよ……」
「そうですね。いやらしい……」
同じ姿勢で同じ返事のみを繰り返していたエリーゼが、ここにきて違う言葉を返してくれたことにアルベルトは少しだけ嬉しさを覚えた。軽蔑を込めた罵倒を喜ぶ方もどうかしているのだが。
「……ひとつだけお伺いしたいのですが」
「あっ……な、なんだろうか?」
エリーゼが話題を振ってくれたことが嬉しくて、アルベルトは思わず声を上擦らせた。
「以前、王女殿下に急な視察が入ったので、急遽護衛をしなくていけなくなったと、わたくしは約束を反故にされました。覚えていらっしゃいますか?」
「……ああ、勿論だ。あの時は本当にすまなかった……」
「いえ、今更です。お聞きしたいのは、女性王族に急な視察が入るのかということです。そういった公務の多い男性王族ならば分かるのですが、女性王族にもあるのですか? 急な視察というものが」
「あ……いや、表向きはそういうことにしていたが、実際はただ街を散策するというものだった」
「へえ? つまり……街歩きに付き合わされただけだと」
「う、うん……そうなるな」
急に声色を変えたエリーゼにアルベルトは息を呑んだ。改めて見れば、彼女から言葉では説明できない圧が漂っている。
エリーゼは紅茶を飲み干すと、そっとソーサーへと戻す。
そうして、アルベルトへと視線を合わせた。
「アルベルト様……」
「……なんだろうか」
アルベルトが期待に満ちた眼差しを向けると、エリーゼはひどくつまらなそうな声音で告げた。
「ご用件がお済みになりましたのなら、そろそろお帰りになってはいかがですか?」
「えっ…………?」
まさかそんな言葉がくるとは思わず、アルベルトは呆気にとられた。
そんな様子の彼を、エリーゼは不思議そうに見つめる。
「初めに『謝罪に来た』とおっしゃっていましたよね? もう、それは済みましたし、もうこれ以上わたくしに用はございませんでしょう?」
「えっ……‼ いや……でも、その……」
「まだ、何か?」
縋るような目を向けてくるアルベルトが鬱陶しくて、自然と零れた声は驚くほど冷え切っていた。
「いや……その……エリーゼ……! 私達……やり直せないだろうか……?」
「……まあ! よくそんな口が利けたものですね?」
間髪入れずに罵倒してきたエリーゼに、アルベルトは目を見開いて固まった。
彼の知るエリーゼはこんな攻撃力の高い発言をする少女ではなかった。信じられないという顔をするアルベルトを、エリーゼは侮蔑の眼差しで見据える。
「困りましたね……。どうやら、本心から反省はしていないご様子。わたくしが貴方でしたら、そんな言葉はとても口に出せませんわ」
「そ……そこまで言うか⁉ 私は本当に反省しているというのに……あんまりじゃないか!」
「あら、よくもまあ反論できたものですね? 加害者が被害者に向かってする態度ではありませんわ」
「……ッ! 加害者って……そんな言い方」
「実際そうでしょう? 散々非常識な振る舞いでわたくしのことを振り回した挙句、行く必要性皆無の王女殿下の嫁ぎ先まで連れていこうとしたのですもの。しかも、『不安だから』というくだらない理由で」
「なっ……! え、エリーゼ……」
次々と出てくる辛辣な発言の数々に、アルベルトは困惑し、上手く返せない。
彼の知るエリーゼはもっと大人しく、本音を我慢してしまうような少女だったはず。こんな、確実に急所を突いてくるような猛者ではなかった。
「エリーゼ……君は、そんな子だったか?」
「そんな、とは?」
「そんな……人を傷つけるような言葉を使う子ではなかったはずだ。君はもっと他者を気遣える優しい子だった……」
「……貴方はそんな優しいわたくしを平気で蔑ろにして、傷つけてきたわけですね。なんという鬼畜の所業。反省してくださいまし」
「え⁉ あ……すまない……」
何を口にしても容赦なく切り返され、気づけばアルベルトはすっかり萎縮していた。
おかしい……自分の知るエリーゼはこんなにも弁が立つ少女ではなかった。
「君は……変わってしまったんだな。すまない、私のせいだ……。私が君を変えてしまった……」
「質の悪いポエムを聞かせるくらいなら、お帰りいただけます? 耳の無駄遣いですわ」
「…………ッ‼」
何かひとつ発言するたびに容赦のない言葉の反撃が浴びせられる。
あんなにも愛らしかったはずの元婚約者からの、想像できないほどの罵倒にアルベルトの精神はボロボロだ。
そんな彼をエリーゼは「まあ、打たれ弱い……」とばかりに一瞥する。




