側妃
王妃の失墜を告げる報せを聞いた側妃は密かに歓喜した。
どうやら人前で取り繕えないほどだったらしく、侍女に「外ではそのようなお顔はお控えくださいませ」と窘められるほどであった。
「ようやく、あの女に勝てた……」
積もりに積もった思いを吐き出すように、側妃は一人呟いた。
この日をどれほど待ち望んだことか……。
胸が震えるほどの感慨に側妃は歓喜の涙を流しそうになる。
思えば嫁いだ当初から王妃は鼻持ちならない存在だった。
国でも屈指の名家に生まれ、何もかも与えられて育った彼女にとって周囲の人間など自分の物語を彩るだけの脇役に過ぎない。それは側妃も、その娘も例外ではなかった。
王妃とその娘、リアナ王女の影に隠れるように生きてきた。だが、ついにその立場が逆転する出来事が起こる。
リアナ王女の失態による輿入れの権利の剥奪。それに伴う王妃の降格処分。
代わりに側妃の娘が他国の王太子へ嫁ぐこととなり、側妃は新たな王妃の座に就くこととなった。
二人の立場がそのまま自分達のものになったことに笑いが止まらない。
「それにしても……貞淑であることを何よりも求められる王家の姫君が、若い男を護衛として傍に置くなんてね……。それは流石に予想もしていなかったわ」
いつか王妃を出し抜こうと、虎視眈々とその機会を窺ってきた。
だが、まさかその機会がこんな形で訪れるなんて夢にも思わなかった。
そのくらい、王女が若い男を傍に侍らすなど有り得ないことだ。そんな誤解を与えるような真似を自らするなど信じられない。
その男を伴って輿入れしようとしたと聞いた時は耳を疑った。どうして、自ら不貞を疑われるような真似をしようとするのか。側妃にはリアナ王女の考えが全く理解できなかった。
『お異母姉様は随分と甘やかされてお育ちになったようですし、ご自分の望みは叶えられて当然なのでしょう。それが周囲にどのような影響を及ぼすか、どのように見られるかなど、頭にもないのでしょうね』
年の割に達観した娘はリアナ王女のことをそう評した。
その評価は的確で、蝶よ花よと育てられた王妃の性質をそのまま受け継いでいるなと納得したものだ。
側妃から見たリアナ王女はいつまでも夢見る幼子のように浮世離れしており、その目はいつも理想を追いかけているようだった。どこか危うさを感じていたが、まさか若い男を平気で侍らすようなふしだらな真似をするとは思ってもいなかった。それを止めない王妃は責任を問われて当然だ。
しかし、こんな大事になる前にどうして王妃は止めなかったのかと不思議だった。
婚約中の娘が男を侍らしている事態がそのまま見過ごされていたことに違和感しかない。
女官は止めなかったのか、侍従は諫めなかったのか、他の護衛騎士は進言しなかったのか。
疑問に思い調べてみたのだが、結果はまあ……驚くほどお粗末なものだった。
まず女官だが、ほぼ全員が王妃に唯々諾々と従うだけの役立たず揃い。誰も反対意見など述べやしない。あの王妃の性格からして、異を唱えるような者は排除してきたからなのかもしれない。
次に侍従だが、こちらは問題が根深い。王妃の生家の敵対派閥の者ばかりで形成されていた。そうなるとまあ、お察しの通り王妃の足を引っ張ることが仕事なのでああなったわけで……。これに関しては流石に「いや、気づきなさいよ」と王妃に直接注意してやりたくなった。どれだけ周囲に興味が無いのかと。
最後に他の護衛騎士だが、こちらは意外にも職務に忠実で、ちゃんと忠告もしていたらしい。
その忠告も腰巾着女官達にすげなくあしらわれてしまったようだが……。
真面目にリアナ王女のことを考えてくれた者を退け、駄目なことも許してしまう従順という名の考え無しばかり傍に置いては破滅するのも当然の結果と言える。労せず王妃とリアナ王女の立場を奪うことができたことは僥倖だ。リアナ王女についていた騎士達は今後は娘の騎士として仕えてくれることになったが、彼女達の真面目な仕事ぶりならば安心できる。追従するだけの無能は娘に必要ない。
あれほどまでに敵視していた王妃が思いのほか詰めの甘い人物だったと知り、少なからず失望した。
王妃の座も、他国の王族との縁談も、これほど早く手に入るとは……。
「馬鹿ね……。王族が簡単に他人を信用しては駄目よ……」
王妃は自分の配下の者を完全に信用していたのだろう。言わなくとも自分の望むように動いてくれる、という意味で。娘の現状を自分の目で確認することすらしなかったとは呆れたものだ。それをしておけばこんな結果にならずに済んだものを……。
巻き込まれた騎士の婚約者である令嬢には、少し同情を覚えてしまう。
こんな馬鹿みたいな茶番に巻き込まれた挙句、婚約が壊れてしまったのだから。
それに対して王妃は何の罪悪感も湧いていないのだろう。娘が貴族間の婚約を壊そうとも、彼女が心を傷めることはない。他人の人生などどうでもいいから。
そういう心無いところも嫌いなのよね、と側妃はポツリと呟いた。




