二人の妃
「陛下、あまりにも厳しすぎます! 一度の過ちで、こんな……あの子は未熟なだけにございます。少しの過ちでここまで……」
王妃は王から下された処置に納得していなかった。
必死に訴える王妃に国王は鋭い視線を向ける。
「未熟? 成人をした王族が未熟なままでいいと本気で思っているのか……?」
王の冷たい声に王妃の表情が強張る。失言だったと気づいた時にはもう遅かった。
「王族としての務めも責務も理解していない未熟な者に政略結婚が務まると思っているのか? 嫁ぎ先で不興を買えば戦になり得るのだぞ」
「も、申し訳ございません……。失言でございました」
王妃としてではなく母親として情に訴えかける妻を、国王は興味を失ったように視線を逸らす。
不味い、と思い何か言おうとした王妃だが、それより先に国王が口を開いた。
「少々おっとりとした娘だと思っていたが、まさかあそこまで愚鈍だとはな。気づかなかった余が悪かった。未熟な姫を輿入れさせずにすんだのは僥倖だが、臣下の婚約を壊してしまったことは誠に遺憾である」
「…………」
「王妃よ、そなたがリアナに若い男の騎士を護衛としてつけることを容認したのだったな。その責任はとってもらうぞ」
「……ッ⁉ 陛下、それは……」
「お前には正妃の座を降りてもらう。娘が政略の要となる役目を担うゆえ、その母である側妃を正妃へと冊立させる。これは決定事項だ」
「そんなっ……‼ お待ちください、陛下……」
まさか娘の失敗が原因で自らも正妃の座を降ろされるとは思ってもいなかった。
「側妃へ降格か、廃妃となるかは追って沙汰を出す。それまで謹慎しておれ」
「そんな! 嫌です陛下! 今一度再考を……」
縋りつこうとする王妃は国王に命じられた近衛兵によりその動きを阻まれる。
「連れて行け」
その命令が下されると近衛兵はすぐさま王妃をその場から退出させた。
連行される間も彼女はずっと国王に泣きながら訴えかけるが、国王は眉根一つ動かさない。
*
謹慎を命じられて数日後、王妃のもとに一人の客人が現れた。
「ご機嫌麗しゅうございます、王妃様」
客人は煌びやかな服装に身を包み、口元に隠しきれない笑みを浮かべる貴婦人。今回、リアナに代わり他国へ輿入れすることになった第二王女の実母、側妃だ。
今、最も会いたくない人物の訪問に王妃は顔を顰めた。
「……何の用かしら」
「まあ、つれないお言葉。王妃様がひどく気落ちしておられると聞き、心配して参りましたのに」
側妃は扇で口元を隠しながらくすりと笑う。
その目には心配する気持ちなど欠片も浮かんでいなかった。
「リアナ殿下が療養されることになったと聞きましたの。……輿入れを目前にしての突然のご病気。お母君である王妃様のお嘆きはいかばかりかとお察しいたします」
わざとらしく悲しげな表情を浮かべて俯く側妃に王妃の胸に苛立ちが増す。
格下だと見下していた相手から侮辱され、思いきり言い返してやりたいのにそうすることができない。謹慎中に騒ぎを起こせば処罰が重くなってしまう。それだけは避けたかった。
「ときに……わたくし、こんな話を耳にしましたの。リアナ殿下に恋仲の男性がいらっしゃったとか……」
「…………ッ⁉」
「下卑た噂を流す不届き者がいたものですね。嘆かわしいこと……。貞淑であることが絶対とされる王族の姫君が、ご自身の護衛騎士とそのような関係になるなど……あるわけございませんのにね?」
おそらく、いや間違いなく事情を知っているだろうに、わざと嫌味を口にしてくる側妃を王妃は睨みつけることしかできない。下手に言い返せばかえって自分に不利な状況に陥るであろうことは分かっている。
それを承知しているからこそ、側妃はこうして嫌味を言いに来たのだ。王妃が言い返せないのをいいことに、今までの鬱憤を晴らすつもりだ。
ぎり、と王妃は悔しさで奥歯を噛みしめた。
「他国の王太子の妃という素晴らしいご縁が用意されているというのに、ご自身の護衛騎士との関係でそのお話が白紙になるような真似を……リアナ殿下ともあろう御方がするはずありませんわ。そのような噂を流す不届き者にはきちんと注意しておかないと。王家の姫君にそんなふしだらな者など、いるはずがないと……」
側妃の言葉は悪意に満ちていながら事実を突いていた。
他国に嫁ぐ身でありながら自分の護衛騎士と不適切な距離感を持つはずがないと、王妃はどこかで高を括っていた。そんなことも分からない王家の姫などいるわけがないと。今の側妃の言葉と同じことを考えていた。
だが、実際はどうだ。当然心得ているものと思っていたことを、娘はちっとも理解していなかった。
気づかなかったのだ。そこまで愚かで頭の鈍い娘だったなんて……。
「この度、我が娘が畏れ多くもその良縁を引き継ぐこととなりました。ですので、娘には今まで以上に厳しく言い聞かせておりますの。誤解を抱かせ、他者に付け入る隙を与えかねない言動はくれぐれも慎むように、と……」
「…………」
耳が痛かった。リアナの言動は他者に十分誤解を抱かせるものだった。しかも、それが原因で護衛騎士の婚約が破談になっているのだ。これではいくら誤解だと訴えようが誰が信じるだろうか。
護衛騎士との禁断の恋に溺れ、王族としての責務を放棄したふしだらな姫。それが世間が抱くリアナの印象。療養なんていう理由は表向きだと、貴族たちが気づかないわけがない。娘の悪名が後世まで語り継がれるなどプライドの高い王妃には耐えられなかった。
「王族たるもの、己の望みよりも国と民を優先すべし。尊い身には常に重い責任がつきまとう。……娘が幼い頃より、繰り返し教えて参りました。その言動一つで簡単に他人の人生を壊してしまえるほど、王家の名は重い。その振る舞いには十分気を付けるように、と」
王妃の胸に側妃の言葉が深く突き刺さる。
それはまるで今回の件を遠回しに責めているようだった。
側妃の言う通り、リアナの軽率な言動が護衛騎士とその婚約者の人生を狂わせてしまった。
「ああ、話し過ぎてしまいましたね……。そろそろ、失礼させていただきます。娘の婚儀の準備が忙しいもので……」
優雅に一礼する側妃に、王妃は最後まで何も言い返せなかった。
嫌味を言われたことが悔しい。リアナが得るはずだった良縁を、この女の娘が引き継ぐことが許せない。
だが、それ以上に恥ずべき振る舞いを平然としていたリアナと、それを防げなかった詰めの甘い自分への後悔で胸がいっぱいになり、苦しい。
「リアナ殿下のご体調が一日も早く快方へ向かわれますよう、陰ながらお祈り申し上げております」
勝ち誇った笑みを浮かべた側妃がそれだけ告げて部屋を出ていく。
扉が閉まった瞬間、王妃は手に持っていた扇子を扉へ向かって投げつける。
「……なにが『快方へ向かわれますよう』ですか! そんな日は来ないわよ……」
王妃には分かっていた。輿入れという大役が第二王女に移された以上、リアナはもう表舞台には立てない。一生を宮殿内で過ごすか、修道院へと入れられるか。はたまた毒杯を渡されるか。それしか選択肢は残っていない。
そして……自分も。側妃に降格となるか、離縁されて実家に帰されるか。そのどちらかだ。
「どうして……こんなことに……」
もはや希望の欠片すらない未来に絶望し、王妃はその場に膝から崩れ落ちた。




