王女の女性護衛騎士の心情
リアナ王女の護衛騎士を務めていた女性、レティは主人の謹慎を聞いても驚きはしなかった。
むしろ、ようやくその時が来たのだと思った。
「やっとか……。長かったわ」
レティはぽつりとそう呟いた。彼女はアルベルトの存在をずっと快く思っていなかった内の一人である。
彼女は騎士の家系に生まれ育ち、幼少の頃より剣の鍛錬に励んできた。男の騎士たちに混じって訓練を重ね、女性であることを理由に軽んじられぬよう、人一倍努力してきた自負がある。
王女付きの護衛騎士に任命された時、やっと努力が実ったと歓喜した。
それからずっと、献身的に王女に尽くしてきた。なのに──あの男、アルベルトが来てから何もかもが変わってしまった。
「アルベルトを呼んで頂戴」
王女はよほどアルベルトがお気に入りのようで、何かある度に彼を呼びつける。まるで彼以外の護衛など目に入らないかのように。
周囲もそれを当然のように容認しており、レティは言いようのない違和感を覚えた。
(未婚の王女に若い男の騎士が侍るなんて……)
いくら周囲に人がおり、二人きりになることはないといっても、これでは不貞を疑われてもおかしくない。
婚約者のいるアルベルトは勿論のこと、他国の王太子と婚約している王女もそんな疑いをかけられては婚約が揺らぐのではないだろうか。
レティの他にもそんな疑問を抱いている者は数名おり、思い切って王女つきの侍女頭に訴えかけると、意外な言葉が返ってきた。
「この件については、王妃様もご了承されております」
その返答を聞いたレティは驚きのあまり言葉を失った。
王妃様が二人の関係をお認めになっている? 王女様の婚約がなくなっても構わないということ?
後にこれは侍女頭が王妃の真意を誤って受け取っていたということだと判明した。それが取り返しのつかない結果を招いたことを、王妃は今も後悔しているという。
もう少し娘の動向に気をつけていれば防げたものを……とレティは王妃の甘さにかすかな失望を覚えた。最初からあんな男を近づけなければ、王女は今頃他国の王太子妃という輝かしい未来を手にしていただろうに。
それに……レティも長年に渡り、やるせない怒りを溜め込まずにすんだ。
自分だって王女の護衛騎士だというのに、アルベルト一人が重用されるのは見ていて面白くなかった。
剣の腕を磨き、礼儀を学び、彼より長い間王女を守るために努力してきたというのに、何かあればアルベルト、アルベルトと……不愉快だった。
王女の目に映るのはアルベルトだけ。もしかすると名前を憶えている騎士も彼だけかもしれない。
それが証拠にレティは王女から名を呼ばれたことなど一度もない。いつも「ねえ」や「ちょっと」と声を掛けられるだけ。
王女に悪気がないことは分かっていた。だが、それと自分たちが見向きもされていないことは別だ。
そうして月日が経つにつれ、アルベルト以外の護衛騎士達は皆王女への忠誠心を失っていった。
騎士は主君に忠を尽くすものだと理解しているが、騎士にだって心がある。ここまで蔑ろにされ続け、いつまでも忠誠心を保てるはずもなかった。
もう、王女の傍にはアルベルトだけがいればいいのではないか。
そう投げやりになっていた矢先、王女の輿入れ中止の知らせが届く。
レティはそれを聞いた時、落胆するどころかむしろ嬉しかった。当然の結果だと、安堵さえ覚えた。
嫁ぎ先にまで若い男の騎士を連れていこうとするなど、正気の沙汰ではない。
レティの疑問はおかしなものではなかったのだ。おかしいのはそれに疑問すら抱かない王女と、容認する王妃だ。
後に王妃は容認していたわけではなかったと知ったが、だからどうしたとしか思わなかった。そうなる前に王女を止めなかったこと、そして護衛にあんな男を選んだ王妃がそもそもの原因だ。同情など覚えるわけがない。
王女の暴走を誰かが止めるべきだった。だが、それを止めようとしたレティの意見は潰された。
その結果がこれだ。
「……もう、リアナ殿下もおしまいね」
リアナ王女の輿入れは白紙となり、代わりに第二王女が選ばれることになった。
そして、レティもまた第二王女付きへ配置換えとなる。
その知らせを聞いた時、胸の奥に安堵が広がった。
王女が「アルベルト」と囀る声をもう聞かなくて済む。
王女が視界にアルベルトしか映さない姿を二度と見なくて済む。
もう、自分が名も無きその他大勢のように扱われずに済む。
それがレティには何より嬉しかった。
第二王女は第一王女とは違うらしく、王族の務めと責務を理解されている方だと聞いた。
少なくとも、護衛を一人の人間として扱うそうだ。
静まり返った王宮の廊下を歩きながらレティは窓の外に目を向けた。
清々しいまでの澄み切った空。まるで今の自分の心を映しているかのよう。しかし、彼女の視界に王女の宮殿が入り込んだ瞬間、笑みが消える。
(あの御方はもう……この青い空の下を歩くことも出来ないのね)
政略の価値を失った王族の末路は決まっている。幽閉か、密かに始末されるか、そのどちらかだ。
いずれにしても、もう王女が建物の外を歩くことは叶わない。アルベルトを呼びつけることさえも。
可哀想なことだが、レティには同情する気持ちなど微塵もなかった。
なるべくしてなった。それだけしか思えない。
レティは王女の宮殿から視線を逸らし、新たな主人のもとへ足を進めた。




