6 水曜日は定時退社日です。
焔が所属している探索派遣事業本部には、3つの部署が存在する。
まず、派遣事業部。
この部には約750名の社員が在籍し、各ダンジョンに関する営業……つまりはダンジョンの周りで度々起きる問題に対処している。
小型の魔物が建物に穴を開けたとか、ダンジョンから異臭がするのでその調査してくれとか……毎日結構な数の依頼や相談が届くので、けっこう忙しい部である。
もうひとつが、討伐や探索後の住民のサポートを行うカスタマーサポート部だ。
約100名のオペレーターが、日々寄せられる苦情や意見に対応しており、必要に応じて他の部に共有、回答がなされていく。
まさに苦情対応のバトルフロントってやつだな。
そして、最後が探索調査部。
その仕事は、ダンジョン内の探索、調査、魔物の討伐がメインであり、うちの会社の花形部署だ。
探索士の精鋭たちが集うこの部署は、子供たちの憧れでもあり、毎年なりたい職業No. 1の座に輝いているほど人気が高く、その分、ここに入るための採用の壁も高い部署である。
「よし!今日は渋谷ダンジョンでの討伐任務だ。リーダーはもちろん神代でいく。みんな、いいか!」
水曜日の早朝ミーティング。
探索調査部攻略一課の課長、志村賢一は、資料に目を通しながら、テーブルメンバーの面々に対してそう指示を出す。
渋谷ダンジョン特区。
このダンジョンは、品川ダンジョン特区とまではいかないものの、年層はまぁまぁ古いダンジョンである。
階層もかなり深くまで出来上がっているので、奥に潜む魔物もけっこう強力な奴らが跋扈しているから、生半可な探索士が潜れば、痛い目を見るか、最悪は命を落とす危険もある。
だが、そんなダンジョンでも攻略一課の手に掛かれば、大きな問題は起こり得ない。
「その対象って、あの深層にいる大型の多脚型っすか……面倒くさいなぁ。今日は定時退社日ですよ?」
焔は資料に目を通しながら、怠そうに大きな欠伸をする。
「神代、そう言うな。最近そいつの動向が気になると、調査一課から連絡があってな。何でも、上を目指してゆっくりと進んでいるらしい。」
志村の言葉に、焔の眉がピクリと動く。
それもそのはずで、魔物が上層を目指すのは珍しいことだからだ。
特に、大型の魔物は深層で静かにしていることが多く、こっちからダンジョンへと潜らなければ、出会うことは滅多にない。
先日、焔が討伐したドラゴンだって、品川ダンジョンの深層奥深くで鎮座していた個体である。
もちろん、魔物たちが外に出てこないわけではない。
ゴブリンやコボルトなどの小型の魔物は、ちょこちょこ外に出てきて悪さをしているし、それらが依頼に繋がって、我が社は利を得ている部分も多い。
「それ、今はどの辺ですか?」
焔が少しやる気を見せたので、志村は嬉しそうに笑みを溢す。
「想定では、中層の半ばあたりだな!渋谷ダンジョンは上層階から広い空間が広がるダンジョンだ。大型でも移動しやすいから、その動きも速いようだ。」
「……ふ〜ん。なら、今から向かうと上層あたりで鉢合わせますね。」
「そうだな!できれば外に出しては欲しくない!」
「……わかりましたー。」
「珍しくやる気だな!頼んだぞ!神代!」
志村の言葉を聞き終える前に、焔はミーティングの場を後にする。
その後ろには、攻略一課の中でも精鋭……要は、焔について行ける者たち数人が続く。
「神代主任。今日は珍しくボヤかないんですね。多脚型って、ランク的にはドラゴンより低いっしょ?」
メンバーの1人に声をかけられ、焔は気怠そうに答える。
「……ん……まぁ、レアな魔物ばかり狩っててもつまんないし。たまには、志村課長に花を持たせてあげてもいいかなって……。」
志村は熱血漢だが、キャリアを気にするタイプでもある。
なので、彼が出世すれば、気に入られている焔も引き抜かれる可能性は高く、今後の昇進も楽になるだろう。
だが、焔はそんなことを微塵も考えていない。
今メンバーに伝えたのは完全に建前だ。
焔は他人の庇護を受けずとも、自分自身で道を開ける力を持っている。
それ故に、彼女が今、考えていることは……。
(多脚型か……あいつら斬り刻むと相当な量に散らばるんだよね。これはいいかも……!)
想像すると止まらなくなる笑いを何とか堪え、焔は軽快な足取りで執務室を後にした。
・
焔が渋谷ダンジョン特区へ向かった頃、俺は総務の仕事に明け暮れていた。
「伊佐水さん、本社建屋の定期点検の件でお電話が……」
「日程と内容を確認してもらってもいいですか?それと、当日必要な書類の確認もお願いします。」
同僚には可能な限り指示を出しつつ、自分の意識を手元の資料に向ける。
"本社建屋内における避難訓練"……そう記載された資料と睨めっこをしているわけだ。
世の中一般的に、消防法で定められた避難訓練は防火管理者の責務である。
うちの会社では、総務部長を防火管理者に指定しているので、法律で定められた年2回の避難訓練は、総務部が主体となって行なっている。
だが、うちの会社の避難訓練は、他の企業とは少し違う。
一般的な企業であれば、管轄の消防署と連携して、避難経路の確認と消火器の使用方法などを学ぶ場を設ける程度で終わるのだが、うちは異能を持つ探索士たちが多数所属している会社だ。
そのため、彼らの力を活用した防火計画の策定と、特殊避難訓練の実施が、改正消防法詳細規則第12条(探索士による避難救助活動)で義務付けられている。
要するに、火災などの災害時においては、自分たちだけじゃなく探索士たちを使って周りの企業も助けなさい……ということである。
なので、訓練の計画書の作成に加え、訓練に参加できる探索士の募集や周辺企業や団体との日程調整、そして、消防署と調整など、この件だけでやることが山積みなのである。
「探索士は、探索調査部の調査一課から数名出してもらうとして……。あとは今年はどの企業に声をかけるか……」
毎年の参加者名簿を眺めながら、今年の訓練に参加してもらう企業を選定する。
とはいえ、業務がある日中にやる訓練だ。
断られることもしばしば……。
「はい!コーヒーです!!」
頭を悩ませていると、突然目の前にコーヒーカップが置かれた。
驚いて顔を上げると、なぜか東條凛子が立っている。
「また、君か……こんな朝早くから、なんでここに……?」
「今日はですねー!ちょっと社長との相談事があるからついてこいって、部長に言われたんですよー!」
赤毛のツインテールが揺れると、Dカップの胸も揺れる。
それから目を背けつつ、俺は大きくため息をつく。
「それなら、あっちにいればいいだろ?今忙しいんだから……」
「知ってますよー!でも、悩んでるようだったので、コーヒーを持ってきてあげました!」
「君にもそんな配慮ができるのか……」
「お!今のはハラスメントですか?小馬鹿にされた感満載ですねー!」
シュッシュッと口で言いながら、ジャブ打ちを俺に向ける凛子。
その顔は笑っているので、内部通報制度に連絡されることは……たぶんないだろう。
そんな他愛もない話をしていると、社長室の前に立っていた広報部長が凛子を呼ぶ。
「お!出番のようですねー!では、先輩!またですね!」
ポニテを触覚のように反応させ、凛子はそそくさと走り去っていった。
その様子を見て、再び大きなため息をついた俺は、凛子がくれたコーヒーを口へと運ぶ。
(広報部が社長と相談事……面倒ごとが起きなきゃいいけどな……)
嫌な予感とまではいかないが、凛子たちが社長に呼ばれたことは少し気になる。
だが、それは広報部が対処すればいいことで、そのために凛子がついてきているんだ。
俺は俺の仕事を遂行しよう。
今日は定時退社日だしな。
コーヒーを一気に飲み終えた俺は、カップを置くと、再び思考の渦へと沈んでいった。




