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5 嵐のpublic relations(広報)

「まぁ、その額でしたら……仕方ないですね。」



眼鏡を光らせ、仕方なさそうに印鑑を押す予算担当者。


その言葉に、俺は内心でガッツポーズする。



「……なら、これで予算申請は完了ですね。」



心のガッツポーズを保持しつつ、表面上では冷静さを保って、印鑑を受けた資料を回収する。


そして、無表情は崩さずに予算担当者に一言お礼を告げた俺は、財務部の執務室を後にした。




月曜日の朝1番。


頭を悩ませていた案件のひとつを終え、1週間の初めを幸先の良いスタートで迎えられたことに俺は満足する。


まぁ、ドラゴンの死骸はあれだけ細かく綺麗に整理したんだし、鉄輪さんも上手く立ち回ってくれたようだから、この結果は当然と言えば当然だ。


まだまだ仕事は終わらないが、面倒ごとがひとつなくなったのだから、とりあえずは良しとしよう。


俺は誰にも気づかれないように鼻歌を溢し、エレベーターホールで上の階のボタンを押す。



(しかし……神代のやつ、俺の仕業だとわかってたな。)



財務部に来る前、朝から総務部で準備をしていると、ふと上から感じた殺気。


その殺気の主が誰なのかはすぐにわかったが、無視すると余計な油を注ぐ気がした。


名前が焔だけに、注いだ油以上に燃え上がりそうで怖かったので、一応気付いたフリをしてビジネスライクに会釈を返したんだが……。


なぜか、さらに睨みつけられたので、そのまま逃げるように財務部へと向かったわけである。



(……また、何かちょっかいをかけてきそうだなぁ。)



エレベーターが来るのを待ちながら、少しだけ後悔していると、突然後ろから声をかけられる。



「伊佐水先ぱーーーーーい!!おっはよーーーございまーーーーす!!」



静寂を切り裂く甲高い声が、俺の耳元で火を吹いた。


頭の中がキーーーンとして、三半規管が狂ったように視界がぼんやりとし始める。


が、俺はそれを強制的に解除する。



「……東條。人の耳元で大声を出すのはやめてくれ。」



彼女は、東條凛子とうじょうりんこ、25歳、広報部所属の社員だ。


赤毛のツインテールが特徴的で、それが動くたびに比較的大きめの胸も揺れる、子供っぽさと妖艶さが混じった元気印の女の子だ。


まぁ、こんなことを言葉にすれば、即セクハラで社内の内部通報制度の餌食になるので、絶対に言葉には出さないが……。


一応、Dカップだそうだ。



「あははー!ごめんなさい!でも、元気が1番じゃないですかーーー!」



悪びれた素振りもなく、満面の笑みを向ける凛子の態度に、俺は大きくため息をつく。



「それはそうだが……君の声は他の人には辛いだろ?」


「確かに……!まぁでも、こんな感じで絡むのは先輩だけですから大丈夫ですよ!」


「それが1番……不要だな……。」



皮肉で言ったつもりだが、凛子はさらに嬉しそうに笑っている。


それを見て、俺はさらにため息をついた。



この子と出会ったのは、去年の春だった……か。


凛子は、4月の定期異動で探索調査部から広報部へ異動してきた3年目の社員だ。


異動の挨拶で、広報部長とともにやって来た時に初めて顔を合わせた。


広報部は元々、記者会見など報道対応の関係で社長や他の役員との打ち合わせが多い部署なので、秘書が所属する総務部へ彼らが足を運ぶことは別におかしなことではない。


だが、彼女はそれ以外でも、何かと理由をつけて総務部へとやって来る。



「……で、今日はどうしたんだ?」


「え……とですね、先日焔ちゃんが討伐したドラゴン死骸の件で……」



と、こんな感じだ。


ただ、その件なら一件落着となったはずだ。


現に俺の手元には、その死骸を処理するために承認された予算申請書がある。


……ふと、嫌な予感が頭をよぎる。



「それなら、神代さんが綺麗に処理まで終わらせてくれたんだろ?あとは捨てるだけだって……。環境にも配慮するエースだって……彼女、もっぱらの噂じゃないか。」



俺は凛子とは目を合わさず、エレベーターの階数表示を見ながらそう空笑いする。


だが、凛子の声は真剣そのものだ。



「……そうみたいですね!でもでも!これ見てください!」



凛子が差し出したのは、スマホに写されたひとつの画像データ。


ついつい吸い込まれるように覗き込むと、生々しいドラゴンの死骸が画像に鮮明に写っている。


しかも、この死骸は……うん、あれだ……俺が処理したやつだ……。



「この写真! 焔ちゃんが先週倒したドラゴンが、完全に細切れにされて整理整頓にされてたんです! しかも、臭いが漏れないように"真空パック"にまでされて……!これ、"SDGsサステナブル・ドラゴン・ゴールズ"として打ち出せば、わが社の好感度は爆上がりですよ!」



凛子は俺の正面に移動し、パッキングされた死骸の画像を鼻先に突きつけてきた。


その距離、わずか5センチ。


そんな至近距離で見せなくても……俺がやったんだから知ってるよ……。


とは言えず、凛子の凄まじい勢いにタジタジしてしまう。


彼女の瞳は、ポジティブな光で全てを焼き尽くすかのようにキラキラと輝いていて、俺自身が少し引くほどだ。



「……東條、SDGsの使い方が間違ってるよ。そもそも、その解体は神代さんがやったと、公式にも発表されてるじゃないか。そんなに驚くことじゃ……」


「ええ、もちろん! でも、問題はそこではなく、現場の防犯カメラのデータがなぜか綺麗さっぱり消えてたってことです!不思議ですよね〜!焔ちゃんがわざわざ消すとも思えないしなぁ。」



腕を組み、考えるように首を傾げる凛子。


その様子を見て、俺は彼女の思惑が理解できずにいる。


この子……わざわざ、鉄輪さんが消してくれた監視カメラのデータを確認したのか?


それなら、死骸の整理をやったのは俺だとわかって、わざと言ってるんだろうか。


それとも……?



だが、彼女がどう考えていようが、その事実を認めるわけにいかない俺はひとつ咳払いする。



「とにかく、彼女以外にあんな真似できないだろう?深く考えすぎだと思うよ。」


「……ですかねぇ。」


「うんうん、そうだよ。考え過ぎさ。」



凛子を諭すように、俺は乾いた笑いを浮かべる。


どうやら、凛子も確信には至っていないらしく、怪訝な表情を浮かべているのを見て、俺はホッとした。


だが、彼女の思考は俺の一手先を行っていたようだ。



「そうですね!そもそも、そんなことよりも大切なことがあるんですよ!それは、この"奇跡の解体"を焔ちゃんの新必殺技『パッキング・スラッシュ』として広報するタイアップをもう決めちゃったのです!!つきましては、今日の午後の定例会議、焔ちゃんの影武者として出席、お願いしまーす!」



神代の影武者って……やっぱ俺の仕業ってわかってるよな……この子……。



「……却下だ。俺はコピー機のトナー補充と、役員車の車検予約で忙しい。」


「……んー!10秒で立ち直りました! じゃあ、社長に伊佐水さんがやってくれるって言ったって報告しに行きますね! ゴーゴー!」



タイミングよく来たエレベーターにヒョイっと乗り、凛子は俺を置いて嵐のように去っていった。


ドアの向こうに消えていく彼女を見送りながら、何も言うことができなかった俺は、一言だけ絞り出す。



「俺も総務部に帰るんだよ……置いていくなよ……」



結果として、神代がタイアップを断ったことは、言うまでもない。

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