表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/22

4 無言の仕事

週が明けた月曜日の朝。


今日の神代焔は、それはそれは上機嫌であった。


駅を出て、会社までの道のりをマイペースに歩く。


相変わらず両耳にはワイヤレスイヤホンをつけ、お気に入りの音楽を聴きながら出社するルーティーンは崩さない。


だが、いつもは冷静沈着な表情にも、今日だけは薄っすらと笑みが浮かんでおり、鼻歌も鳴らしている。


もちろん、誰にも聞こえないように、だが。



(はぁ……先週は会社が苦渋を飲まされ続けてきま品川ダンジョンのドラゴンを討伐できたし、私の圧倒的な力も周りに見せつけられた。それに、あいつにも無理難題を押し付けられたし……)



先週の総務部での出来事を思い出し、焔はくすりと笑う。


確かに、品川ダンジョンは稼げるダンジョンだ。


できた年代も古いからレアで強い魔物も多くて、それらから採取できる素材を持ち帰るだけで、インセンティブはかなりの額になることも多い。


だが、焔にとっては、そこまで固執するほどでもないダンジョンだ。


自分クラスになれば、他のダンジョンでも下層の深いところまで潜れるし、そうすればレアな魔物などたくさんは屠れる。


つまり、自分はどこでも簡単に稼げるのだ。


ちなみに、ドラゴンの死骸を放置したことですら、焔にとってはパフォーマンス……総務部のあいつを困らせるための策なのである。




会社にたどり着くと、焔は自動ドアを通り抜け、メインエントランスへと足を踏み入れる。


出社する人間で溢れるエントランスを、口笛を吹きながらマイペースに進み、警備員が立つゲートにIDカードをかざして通り抜けると、エレベーターに乗った。



(今頃あいつは、バタバタと手続きに追われているはず……『特別管理産業廃棄物』の処理手続きの面倒臭さは私でもよく知ってるし、たった4日じゃ絶対に終わらないこともね。そろそろ腐敗が進んで、有毒ガスを撒き散らし始めるはず……そしたら、会社には住民からクレームが押し寄せるから、そっちの対応でもてんてこ舞い……笑いが止まんねぇ〜!)



伊佐水が忙しく走り回っている姿を想像すると、笑みが溢れて仕方がない。


次はどんな無理難題を押し付けて困らせてやろうか。


そんな腹黒いことを考えながら、エレベーターが4階へ着いたことに気づき、ゆっくりと降り立った。


だが、攻略一課の執務室へと踏み入れた焔は、すぐに違和感を感じ取る。



「神代主任! おはようございます!」

「聞いたよ、焔!あのドラゴンの死骸、週末に自分で片付けたんだって!」



違和感の正体は、同僚たちから向けられる数々の輝いた視線だ。


しかも、言っている意味がよくわからない。


誰がドラゴンの死骸を処理したって……!?



「ちょ……ちょっと待ってよ。何の話……!?」


「またまたご謙遜を〜!社内で持ちきりだよ!あのドラゴンの死骸、総務部には任せておいたらタイパ悪いからって、エース自ら身を削って処理してくれたって!」



はぁ……?!


何が何だか訳もわからず、開いた口が塞がらない。


予想していたのは、パニックになった総務部から伊佐水がやってきて「神代さん、勘弁してください!」と泣きつくシーンだったのに。


そして、それを適当にあしらって、優越感に浸るのがモーニングルーティンになる予定だったのに。


焔は口の中にあったガムを無意識に噛み締める。



駆け寄ってくる探索調査部の面々。


特に、キラキラした目を向けてくる後輩たちには、言葉が詰まる。



「先週の討伐だけでも凄かったのに、あんな巨大な残骸まで自分で片付けるなんて……焔さん、マジでリスペクトっす!」


「"立つ鳥跡を濁さず"ってやつですね! 特区の環境維持まで考えてくれるなんて、やっぱ最高の看板探索者です!」



次々と飛んでくる感謝の言葉。


焔は、自分の頬が怒りと困惑でわずかに引き攣っていることに気づいた。


だが、ここでその怒りを爆発させるわけにはいかない。



「……あ〜うん。まあ、当然じゃない? コスパ悪い仕事、残したくないし……」



咄嗟に口をついて出た嘘。


実は総務部を困らせるためにわざと放置しました!……なんて話は絶対に言えない場の雰囲気に、口から出てしまった偽りの言葉。


自分のブランディングに傷がつくことは避けたかっただけに、ついつい口走ってしまった虚言。


後味は最高に悪かった。



自分がやっていないことで感謝されるのは、実力至上主義の彼女にとって「他人の食べ残し」を自分の手柄にされたようで、猛烈に気分が悪い。



(……やったのは、絶対にあの男だ。くそっ!)



同僚たちに愛想を振り撒く傍らで、焔の脳裏にはいつも暗い表情で地味な書類仕事をしている伊佐水の顔が浮かぶ。



(でも、どうやって? あの数トンの肉塊を……休日は民間の産廃業者は動かせない。でも、特区の重機を動かした形跡もないし……)



彼女は、攻略一課の自席にドカッと座り込み、スマホから社内の資産管理ログをハッキングに近い速度で走らせた。


だが、結果は「異常なし」。


伊佐水が何かしらの魔法を使った形跡も、外部に発注した形跡も全く見当たらない。



「チッ……、クソ真面目な顔して、エグいことやってくれるじゃない。あの事務屋……」



焔は、5層吹き抜けの階下を覗き込み、総務部フロアを睨みつけた。


そこには、いつも通り眠そうな顔で、山のような書類を整理している伊佐水の姿がある。


だが、彼は焔と目が合っても、ただビジネスライクに小さく会釈をしただけだった。



「……感謝されたって、全っ然面白くない。私の"力"の跡を、何でもない『日常』に書き換えたわけ? ……絶対、暴いてやる。伊佐水……あんたの裏の顔……」



152cmの小さな体から、パチパチと苛立ちの火花が散る。


自分が倒したドラゴンの死骸よりも、それを消し去った「平凡な男」の存在が、今の焔にとっては最大のイレギュラー(攻略対象)に変わっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ