22 背中に感じるオスの香り 〜part2〜
雨がひどい1日でしたね。
日頃の備えは大切だなと思いました。
午前11時。
広報部フロアへと向かった俺が目にしたのは、文字通りの戦場だった。
固定電話と社用スマホが狂ったように鳴り響き、キーボードを叩く音と広報部員たちの怒号が、まるで重低音のノイズとなって空間を支配しているようだ。
「『週刊シーカー』から直電です! 焔ちゃんの契約書の真偽について、今日中に回答がなければ『隠蔽』として記事を出すと!」
「ネットのニュース番組が、今日の夕方の枠で特集を組むそうです! 誰か上層部のコメントをくれって!」
「公式アカウントのメンション、毎秒300件ペースでアンチコメントが増殖中! 処理落ちを起こしてます!」
次々と飛び込んでくる最悪のステータス報告。
凛子はその中心で髪を振り乱しながら、矢継ぎ早に指示を飛ばしている。
「ネットニュースには『憶測に基づく報道には法的措置を検討する』と定型文を投げて突っぱねてください! 週刊誌の相手は私がします!絶対に『ノーコメント』以外の言質を与えないで!」
必死に頑張っているようだが、完全に後手に回ってるな。
まぁ、叩いても叩いても、アルゴリズムが新しい火種をタイムラインの最上部に供給しているから、無理もないだろうけど。
今回の奴らは、メディアの性質を完璧にハッキングしているし、どれだけこちらがファクトを提示しようとも、ネットの群衆は"大企業の隠蔽"という刺激的なストーリーを消費し続ける。
このままでは、プロジェクトの主軸である神代主任のシーカー生命にも関わる。
それだけは、絶対に阻止しなければならないな。
俺は小さくため息をつくと、ゆっくりと広報部へと足を踏み入れた。
「東條……無駄なリソースの消費は止めるべきだな。」
「……っ!?」
驚いて振り返る凛子の顔には、珍しく焦りが浮かんでいる。
「先……輩……?」
「ついに、広報部のパケット通信量が異常値を叩き出した……これ以上の対応は、経費削減の観点から認められないな。」
そう笑い、俺は持っていたタブレットの画面を凛子に見せる。
「こ……これ……SNSの炎上トレンドを構成する無数のアカウントのデータトラフィック……?」
「そうだ。……で、今から現状を説明する。さぁ!広報部の皆さんも、手を止めて聞いてください!」
声を上げ、手を叩く俺の言葉に、広報部全体が動きを止める。
電話のコール音が鳴り響く中で、皆の視線がこちらに向いていることを確認した俺は、静かに言い放つ。
「まず、結論から。今広報部の皆さんが必死に行っている火消し対応は、結論から言えば100%無駄です。」
「「なっ……何ですって!?」」
周囲の部員たちが一瞬怒りを見せたが、俺はそれを手元のタブレットで制し、そのまま冷たく続ける。
「これらのアンチアカウントの9割は、海外のプロキシサーバーを経由した自動生成ボット……こいつらに倫理やファクトは通用しないことは、あなた達にもわかると思います。では、叩くべきは何か……それは、このアルゴリズムを操作している発信源のデバッグのみです!」
画面をスワイプし、世界地図から日本、そして関東地方の一角へとズームインさせる。
「敵は海外のダミーサーバーを、何重にも噛ませてカモフラージュしています。だが、パケットの応答速度に3ミリ秒のロジックエラーがあった……要するに、実在する発信源は海外ではなく国内、それも埼玉県にある"川崎ダンジョン特区"のすぐ近くであるということです。」
「埼玉……川崎ダンジョン特区……!」
凛子の目が鋭く見開かれる。
川崎ダンジョン特区は埼玉県にある特区であり、キリュウ・グローバル(株)の管轄からは、ギリギリで外れているかなり小規模なダンジョンだ。
それゆえに、中小のシーカーギルドや怪しい外資系ベンチャーがひしめき合う、事実上の無法地帯となっていると聞く。
要するに、敵が隠伏するには、これ以上ない最適の場所にもなり得るということ。
「場所が確定した以上、総務部の"備品管理およびリスクマネジメント"の一環として、現地を直接デバッグする必要があります。」
俺はタブレットを操作し、一瞬で社内システムに承認を飛ばす。
「今、我が部の回収班の鉄輪課長と総務部長へ、"埼玉県への緊急出張申請"を電子的に承認させました。今から私は現地へ向かい、潜伏しているだろう敵を叩きます。その間、広報部の皆さんには、相手の策に踊らされている……振りをして時間を稼いでもらいたい。」
そう告げた俺に向けられる視線の半分には、疑心が混じっている。
まぁ、それも仕方ないだろうな。
突然こんなことを言われても、信じられるわけがないし……。
だが、凛子は違う。
俺をジッと見据えていたかと思えば、突然目を輝かせて立ち上がった。
「わっかりました!広報部は全力を持って、だまされた振りをします!!」
「ちょ……凛子!?」
広報部の同僚に詰め寄られるが、凛子は止まらない。
「いいんです。この先輩がそう言うなら、それが解決への近道なんです!」
俺に向けてビシッと決めた敬礼をサッと下ろし、同僚に振り向いたその顔には"迫力"の2文字。
さすがの同僚も他のメンバーも、凛子のその表情見たら、言葉を失ってしまったようだ。
皆、目を見開いて凛子と俺を交互に見ながら、「わ……わかった。」と呟いている。
そんな同僚達に向けて、凛子はすぐに指示を飛ばす。
「対応は今まで通りでいいです!電話対応には『ノーコメント』、ネットニュースには定型文で返信!それとアルゴリズムは無視で……!」
指示を受けた広報部員たちは、我に返るとテキパキと作業を始める。
よし、これならここは任せても大丈夫そうだな。
あとは焔の出撃許可を、攻略一課の志村課長にもらえば……。
そう考えて、広報部を後にしようとした俺の横に、いつのまにか凛子が立っている。
「では、先輩行きましょう。」
「ん……?いや……君はここで対応しなくていいのか?」
「大丈夫です!なぜなら、広報部は私1人で成り立っているわけではないのです!」
にっこりと笑う凛子の笑顔を見て、なんとなく背筋が寒くなった。
"ポジティブ・バスター"の所以たる積極性からか……?
いや……何となくだが、彼女怒ってるような気がする……。
再び、狂い鳴る電話との戦いが始まった広報部を背に、俺は凛子の様子に触れることなく、攻略一課へと向かった。
・
凛子は今、自分の少し前を歩く男の"強さ"を実感している。
迷いのない、雄としての"絶対的な強さ"を孕んだ背中。
それを見ていると、凛子の胸の奥が、炎上するタイムラインとは全く違うベクトルで、ドクンと激しく波打つ。
(……ずるい。なんでこの人は、いつもこんなに完璧なの……)
いつも冴えない事務屋のくせに、自分たちがどれだけ足掻いても見つけられなかったバグの根源を、数分で暴いてみせる手腕。
その圧倒的なスペックへの憧憬と、不意に突きつけられる男としてのシルエットに、凛子の中で処理しきれない感情のが感染するように広がっていく。
「しかし、本当に大丈夫ですか?」
伊佐水が心配そうな目で、こちらをチラリと見た。
その視線にドクンと胸が波打つが、悟らせてはいけない。
おそらく、彼は広報部の自分が現場に行っても大丈夫かと言いたいのだ。
だが……舐めてもらっては困る。
「先輩。私が広報部に異動してくる前のキャリア、ご存知でしょ?」
結んでいた髪を実戦向けにきゅっと結び直し、伊佐水に笑う。
「知ってるさ……探索調査部・調査一課。ダンジョンでの事前調査だけじゃなく、ダンジョンの違法開発や、裏組織の戦闘データの収集が専門の部署だ。だが……」
伊佐水が言いたいことは、すぐにわかった。
調査一課にいたのは、1年前まで。
ブランクはないのか……そう言いたいのだろう。
「みなまで言わないでください。ちゃんとわかっていますし、足手まといにはなりません。」
腰に佩いた日本刀をカチャリと鳴らす。
調査一課時代、幾千の死線を共に切り抜けてきた愛刀。
広報部に来ても、日々の鍛錬を欠かしたことは一度もない。
ーーー広報部は情報が命よ。それを手に入れるためなら、現場に行くことだってあるの。
広報部員として尊敬するあの先輩の言葉が、脳裏に浮かぶ。
伝説の女性から、私はそう教えられたのだ。
「私は先輩として、焔ちゃんをハイエナたちから守らないといけないし、現場で何が起きたのか、知らないといけません。それに……私の企画を台無しにした奴らを、絶対に許すわけにいきませんから!」
社外とのコミュニケーションが重要な広報部。
そこに所属する社員とは思えない笑みを浮かべ、凛子は日本刀の柄を強く握り締める。
「まぁ、合理的……だな。相手を不憫に思うよ。少しここで待っててくれ。」
伊佐水は苦笑いを浮かべると、焔の出撃許可を得るために攻略一課のフロアへと入っていった。
その背中を見つめて、凛子は思う。
この人はどこまで先を見通しているんだろうか……。
もっと彼のことを知りたい……。
不思議な感情を胸に秘め、凛子は伊佐水の背中を見つめ続けた。
焔に加えて、凛子までもが!?
三角関係が出来上がってしまいましたね笑
そして、今回の件、伊佐水はどう捌くのか。
ご期待ください。




