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21/22

21 狙われた配信PJ

1日空きましたが、これから隔日(火木土を基本)で投稿頑張ります。


ぜひご愛読のほど、よろしくお願いします。

時計の針が深夜2時を回った頃。


誰もいない広報部のフロアで、東條凛子はデスクのモニターを見つめたまま、小さく拍手をしていた。


ブルーライトに照らされた彼女の瞳に映っているのは、リアルタイムで集計され続ける歪な、しかし美しい右肩上がりのグラフ。


『次世代シーカー支援・オフィシャル配信プロジェクト』のリザルトデータだ。



「……勝った。文句なしの完全勝利……。」



凛子は背もたれに深く身体を預け、大きく息を吐き出す。


攻略一課の神代焔を主軸に据えたダンジョン攻略生配信、およびSNS連動キャンペーン。


それは、これまで頑固なまでに"男社会"であり、"実力主義"のイメージが強かったキリュウ・グローバルのブランドを、一晩でZ世代のトレンドの頂点へと押し上げてみせた。


タイムラインは、『#ほむらちゃんマジ天才』『#キリュウの次世代支援神すぎる』といったハッシュタグで埋め尽くされているし、同時視聴者数は国内配信プラットフォームの過去最高記録を塗り替え、若者層のアカウント新規獲得数は目標値の300%をオーバー。


これに連動して、キリュウ・グローバルの夜間PTS(取引所外取引)の株価は、まるでロケットのように跳ね上がっていた。



《ーー神代焔、マジで尊い》

《この前の新宿最深部の身のこなし、神すぎて100回はループ再生してる……》

《キリュウってゴリゴリのブラック企業かと思ってたけど、こんな可愛い子が楽しそうに働いてるならアリかも》



横で光る大型モニターに映し出されたSNSのタイムラインには、狂狂しいほどの熱量を持ったポジティブなワードが高速で流れていく。


プロジェクトの開始からわずか数週間。


彼女が考えた企画は、すでに若者層のバイブルと化していた。



「……トレンドも1位をキープ。直近の好感度推移も右肩上がり。これなら次の大規模タイアップもいける……っ!」



焔がスカジャン姿で串カツを頬張るだけの15秒のショート動画は、すでに3000万再生を突破。


ダンジョン内で涼しい顔をして魔鎌を振り回すライブ配信も、いまだに同時接続者数の日本記録を軽々と塗り替えている。


凛子が狙った通りの、完璧な"若者層の取り込み(リブランディング)"が功を奏し、お堅くて冷酷な"魔素独占企業"というキリュウの古いパブリックイメージは、"最先端で、等身大で、なんかカッコいい会社"へと急速に書き換えられている。



凛子はデスクの前で、改めて小さくガッツポーズを作る。


連日の徹夜で目の下には薄い隈ができ、周りには大量のコーヒーの空き缶が転がっている。


自分の立てたロジックが世界を狙い通りに動かしている高揚感だけが、ここまで彼女の身体を辛うじて支えていた。


疲れはすでに限界を超えている。



「そろそろ帰ろう……寝なきゃ……」



ぬるくなった微炭酸飲料を一口飲み、凛子は満足感に包まれながらデスクを片付け始める。


今夜はぐっすり眠れそうだ。


自分の手で世界のトレンドを動かしたという全能感。


それは、最高の睡眠薬なるだろうから。





翌朝、午前8時45分。


いつも通り完璧なオフィススタイルに身を包み、出社した凛子がロビーの自動ドアをくぐった瞬間、後輩の広報部員が真っ青な顔をして駆け寄ってきた。



「ーーー東條さん! た……大変です!!」



その手には、激しく通知を鳴らし続けるタブレット端末が握られている。



「……何があったんです?例のプロジェクトに関するフェーズ1のプレスリリースなら、昨夜のうちに配信設定を……。」


「違います、それじゃないんです! これを見てください! 今朝の6時過ぎから、SNSのトレンドが完全に『反転』して……炎上してるんです!」


「……は?」



凛子は眉をひそめ、後輩からタブレットをひったくるようにして画面に目を落とす。


その瞬間、彼女の脳内の美しい処理回路が、冷たい拒絶反応を起こし始めた。


昨夜まであれほど綺麗に整えられていたタイムライン。


それが、全く見たこともない、悪意に満ちたハッシュタグで真っ黒に染め上げられている。



『#キリュウの未成年搾取』

『#神代焔のヤラセ攻略』

『#キリュウ・グローバル労働基準法違反』  以下略……


「な、に……これ……?」



画面をスクロールする凛子の指先が、微かに震える。



「原因は……何ですか……」



震える声で問いかける凛子に、後輩社員は悔しそうに唇を噛む。


発端は、深夜3時に投稿された海外の出所不明な『告発系まとめアカウント』のポスト。


そこには、キリュウの社外秘であるはずの、神代焔の『雇用契約書』に酷似した偽造データと、配信中のモンスターの配置が「事前に操作されていた」とする、精巧に作られたフェイクの検証動画が添付されているではないか。


普通なら、こんな根拠のないデマは一過性のノイズとして処理されるはず。


なのに、今回は違った。


何千、何万という"実体のないプロキシ(ボットアカウント)"が、夜明けと共にこのデマを一斉に拡散。


さらに、ネット上の若い世代の"正義感"や"大企業への反発心"を巧妙に刺激するようなキーワードが、アルゴリズムの隙を突いてタイムラインの最上部に固定されている。


若者たちのコメントは、昨夜の"憧れ"から一瞬にして、手のひらを返したような"嫌悪"へと変わっていた。



《ほむらちゃん、会社の大人に利用されてただけなんだ……可哀想》

《キリュウ最低。若者を盾にしてイメージアップとかタイパ悪すぎ》

《やっぱり大企業のやることは汚い》



「直接、サーバーを落としたり、データを盗んだりしたわけじゃない……。プラットフォームのシステム仕様を利用して、世論の"空気"だけを腐らせた……」



凛子は冷や汗が背中を伝うのを感じながら、歯を食いしばった。


どこの誰だか知らないが、個人で活動するハッカーがやるようなレベルではない。


物理的な破壊ではなく、彼女が命を懸けて集めた"若者層の信頼"という最も壊れやすいアセットを、情報のアルゴリズムだけで内側から圧殺しようという、冷酷極まりない経済テロ。



「東條ぉおおお!! 一体どういうことだね、これはぁ!!」



エレベーターホールの方から、広報部長が顔を真っ赤にして走ってくる。


怒鳴り散らしている彼の手には、責任転嫁の書類が握りしめられているのが見えた。


昨夜の栄光は、一瞬にして最悪の悪夢へと書き換えられていたのだ。


ロビーの喧騒の中、凛子はタブレットを強く握りしめ、孤立無援の戦場へと引きずり戻されるのを感じる。


凛子は思い出していた。


『名もなき投資グループ』というハイエナどもの話を、伊佐水がしていたこと。



(先輩が言っていたのは……このことだったんだ……)



渋谷、品川、そして新宿。


我が社のポートフォリオを揺るがそうとするこれらの一連の事件の裏には、共通のコード……おそらくは、姿なき巨大な資本の意志が存在する。


その俗称を『名もなき投資グループ』。


奴らは、我が社を物理的に破壊することではなく、システムを内側から解体し、市場価値を買い叩くことにあるらしい。



『あくまで推測だが……これで終わりとは思えない。近いうちにまた、何かを仕掛けられる可能性は非常に高い。東條も気をつけてくれ。』



伊佐水の言葉が、頭の中に蘇る。


そして、その注告が無駄になってしまったことに、悔しさが滲んだ。


物理的なテロでも、基幹システムへのハッキングでもなく、今回の狙いは"情報"という名の海。


そこにメディアのアルゴリズムという毒を流し込み、企業の価値を内側から腐らせる、最もコストが低く、最も致命的な間接攻撃。



「おい、聞いているのか東條!お前の企画のせいで我が社の株価が……!」



ナヨナヨとした総務部長とはまた違う、醜い責任逃れの怒声を浴びせてくる広報部長。


いつもなら、その社内政治のノイズに眩暈を覚えていたはずの凛子だったが、今の彼女の心は不思議なほど冷徹に、そして急速に熱を帯びてパチパチと火花を散らしている。



(……やってくれたね。奴らのロジックが、この私のプロジェクトを狙い撃ちにして崩壊させることだって言うなら……)



凛子は部長の怒声を完全に無視し、真っ直ぐにエレベーターへ向かうと、ボタンを押し込んだ。


その行き先は、もちろん広報部ではなく総務部だ。



(私が命を懸けて仕掛けた舞台を、ただのフェイクとアルゴリズム操作なんかで汚されてたまるもんか。)



ヒールをカツカツと激しく鳴らす東條凛子。


彼女の頭には今、姿なき巨大な悪意を迎え撃つための最初の"反撃のロジック"を、脳内で組み立てることしかなかった。

一難去ってまた一難。

今度は凛子の企画が標的にされてしまいます。

伊佐水はこれをどう捌くのか。


ご期待ください!



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