23 道交法は守りましょう。
皆様、台風には気をつけてください!
2つ来るとか、、、珍しいですが。
「先輩!急ぎましょう!」
助手席に滑り込んだ凛子が、焦るようにシートベルトを引く。
だが、俺はエンジンキーを回す手を止め、ポケットから一つの"ガジェット"を取り出した。
白と黒の無機質なデザインの電子機器ーー携帯型アルコールチェッカーである。
「東條、道路交通法および我が社のコンプライアンス規程に基づき、まずはこれに息を吹き込んでくれ。」
「え……!せ……先輩?こんな一分一秒を争う炎上の最中に、何言ってるんですか?今は朝11時ですよ!お酒なんか飲んでるわけ……」
「いや、道路交通法第75条の3、ならびに安全運転管理者制度の改定(※2023年完全義務化)の仕様をナメてはいけない。業務レンタカーおよび社用車を駆動させる前、運転者だけでなく同乗者の『酒気帯びの有無』を目視およびアルコール検知器によって確認し、その記録を1年間保存することは、総務部の絶対的な専管事項だ。これを怠れば、我が社は『安全運転管理義務違反』というエラーを国家システムに刻むことになる。」
凛子が信じられないといった顔で俺の顔を見てくる。
それに、後部座席からはスカジャン姿で魔鎌を足元に転がしている神代焔が、死んだ魚のような目で俺を見ている。
「……最悪。私のこと、緊急呼び出しで叩き起こしといて、拉致した車の中でアルコールチェックとか、マジで意味わかんない。タイパ悪すぎて脳のメモリ溶けそう。」
だが、そんなことは関係ない。
法令違反は、絶対に起こすわけにはいかないのだ。
焔の言葉は聞き流し、凛子にチェッカーを向ける。
「私は運転しませんよ!助手席ですし!」
「いや、同乗者であっても、運転者に飲酒を唆した、あるいは車両を提供したとみなされれば、道交法第65条第3項・第4項(車両提供・酒類提供・同乗の罪)により、最大で『5年以下の懲役又は100万円以下の罰金』という最高にタイパの悪いデリート措置を喰らうぞ。ドブネズミを叩く前に、身内のコンプライアンスで自爆するなど、総務部として最もコストの重いエラーだ。」
俺はチェッカーを凛子の唇の前に突き出した。
「さあ、速やかに『ふー』と最大出力を呼気するんだ。基準値は0.00mg/L。……0.15mg/Lを1ビットでも超えれば、その時点で君たちをここに拘束し、俺は一人で埼玉へ向かわなければならん!」
「……っ、わ……わかりましたよ!!」
凛子は観念したように口を尖らせると、俺の手元にあるチェッカーの吹き込み口に向けて、まるでアンチアカウントを吹き飛ばすかのような勢いで「ふーーーっっ!!」と激しく息を吹きかける。
その様子に、焔はあきれ顔で肩をすくめている。
ピッ、ピピッ。
電子音が鳴り、液晶画面に『0.00mg/L』という完璧なファクトが表示される。
「よし。アルコール反応、完全にクリーンだ。次、神代主任。」
俺がバックミラー越しにチェッカーを後ろへ差し出すと、焔は「はぁ……」と深いため息をつきながら、ダルそうに身を乗り出して「ふーー」と息を吹き込んだ。
少しだけ、さっきまで自販機の前で飲んでいたメロンソーダの甘い香りが車内に漂う。
ピッ、ピピッ。『0.00mg/L』。
「神代主任もクリーン。これで道交法上のセキュリティパッチは最新に更新されたな。」
「満足です……?先輩……」
「あぁ、完璧だ。」
エンジンキーを回しながらそう告げると、凛子は呆れたようにため息をつく。
しかし、その直後、彼女は何かを小さく呟いた。
「……まぁ、先輩らしいんですけどね。」
凛子の言葉は、エンジンが掛かる音で聞き取れなかった。
「ん?何か言ったか?」
「いいえ、なんでも。」
「そうか……」
どことなく、彼女の顔は赤く染まっている気がする。
もしかして、本当は飲酒していたのに、上手く隠し通してホッとしているとか…………いや、凛子に限ってはそんな訳はないな。
それに、ここで聞き返すのもカッコ悪いか……。
すると、今度は後部座席から「ガタッ!」と激しい音が響く。
バックミラーを見ると、焔が顔を真っ赤にして、膝の上の魔鎌の柄をものすごい力で握りしめている。
えーっと……俺、何かしたっけ?
あまり触れない方がいいとすぐに判断した俺は、社用車を無言で走らせた。
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車を走らせて少し行くと、首都高速の入口が見える。
川崎ダンジョン特区がある川崎市までは、これを使うのが安牌だな。
そう考えて、ハンドルを右に切り、車線を変える。
「……ねえ、先輩。どうしても腑に落ちない部分があるんですが……」
助手席で、タブレットに表示された炎上データを睨みつけている凛子が疑問を口にする。
「奴らの目的が、当社を内側から解体し、市場価値を買い叩くことなら、他にもっと効率的なアプローチがあったはずですよね?例えば、開発中のDX装備の設計データを盗むとか、KGBの魔素サプリの工場を物理的にハッキングするとか。……なのに、なぜわざわざ、一般社員が企画した『若者向け配信プロジェクト』なんていう、不確定要素の多い舞台を狙い撃ちにしたんでしょう……。」
料金所を抜け、車を首都高速の本線に合流させた俺は、フッと笑う。
「結論から言えば、奴らの狙いはプロジェクトそのものの破壊じゃない。本当の狙いは、我が社の"40年の歴史が担保する、国家からの絶対的信用"……インフラとしての独占権だ。」
「インフラとしての……独占権……」
「そうだ。我が社は1986年の法人発足以来、国策としてダンジョンの安全管理を任されてきた。そして、1997年の大災害を経て、"キリュウにしか日本の魔素ラインは管理できない"という絶対的なファクトを構築したんだ。現時点では、周りがどれだけ金を積もうが、この"歴史と信用"だけは買収できないのさ。」
凛子は大きく頷いた。
「なるほど……だからこそ、奴らは"我々が若者を搾取し、嘘で世論を欺く邪悪な独占企業である"という認知を若者層に植え付け、国が我が社を庇護しきれない世論のねじれを創り出そうとしている……そういうことですか。」
すぐに答えに辿り着くところは、さすがだなと感心させられる。
すると、後部座席から、不機嫌そうに魔鎌の柄をトントンと叩く音が響いた。
「……ていうか、本当に胸糞悪いよね。大人の汚い都合に、勝手に焔の名前を使わないでほしいって感じ。若者層の取り込みだかなんだか知らないけどさ……私はただ、ダンジョンに潜って、伊佐水さんの書類仕事を増やしたいだけなのに。」
「神代主任、後半の目的が著しく総務部のリソースを圧迫しているんだが……まぁ、ファクトとしてはその通りだな。君が我が社の看板を背負って成長することは、今後数十年にわたり、我が社が優秀な若手シーカーの人的リソースを確保し続けることを意味する。今回は、そこを逆手に取られた訳だ。」
俺の言葉に、凛子がバックミラー越しに後部座席へ視線を送る。
「ですね。今回のフェイクニュース……焔ちゃん個人を社会的に孤立させ、我が社から引き離す。あるいは、彼女の戦闘データや雇用形態を"不透明なもの"として認知させ、若者たちのキリュウ離れを引き起こすための、極めて間接的かつ致命的な"人材の兵糧攻め"という訳ですか……。」
俺は頷きながら車線を変更し、前の車を静かに追い越していく。
もちろん、法定速度内でだ。
「品川、渋谷、新宿での事件は、すべて地上のメディアで"噂"として燻り続けている。そこに今回の"未成年搾取・ヤラセ配信"という、現代の若者が最も嫌悪するスキャンダルを起爆剤として投入する。これにより、キリュウの株価は一時的に大暴落を起こす訳だ。奴らは今、その瞬間を待っている。システムを物理的に爆破すればテロリストとして排除されるが、"炎上によって価値の落ちた大企業の株を、合法的に市場で買い漁る"のであれば、誰も奴らを逮捕できない。」
「……つまり、奴らにとって私のプロジェクトは、キリュウを"合法的に自殺させる"ための、トリガーだったって訳ですね。」
前方に注意しながら、チラリと凛子を見る。
彼女の目は、遠くを見据えている。
たぶん、怒ってるな……。
自分の企画が、会社の存亡に関わる策略のダシにされたんだから無理もないか。
彼女の瞳には、ゾクッとするような寒気が感じられる。
それに……。
バックミラーを見ると、焔もまた、窓の外をじっと睨みつけている。
いつもの気怠げな無表情の奥に、新宿の闇で見せたような静かな怒りの熱が灯っているのがわかる。
敵は、泥臭い漢気で会社を引っ張る桐生社長のやり方も、KGBの最先端科学も、全て"古いロジック"として見下している節がある。
そして、今の時代に最も脆く、最も扇動しやすい『ネットの若者層』の心理だけをハッキングして、効率的にキリュウの喉元を掻き切ろうとしているんだ。
凛子も、そして当事者である焔も、それを理解しているからこそ、怒りを滲ませているんだろう。
俺は再び前を向き、車を安全に、かつ最速で走らせる。
「……だが、奴らの計算には、重大な変数エラーが三つあるぞ。」
埼玉の出口までの距離を示す看板が見えてきたところで、俺は不敵に口元をわずかに緩める。
その言葉に、凛子も焔も俺を見る。
「一つ目は、企画を考えた広報部の東條凛子は、ただの大人しい一般社員ではなく、元『探索調査部』の武闘派であること。二つ目は、ただの広告塔としてハメたつもりの神代焔は、我が社の規格外エースであり、理不尽にアカウントを汚されて本気でキレていること。そして、最後の一つは……」
車が高速を滑るように走る。
目的地である川崎ダンジョン特区の不穏な空気は、もう目の前だ。
「奴らがどれだけスマートな市場テロを企てようとも、総務部というコスト度外視の防壁を、計算に入れていないことだな。」
冷房の風が吹き出す社用車の中で、二人の女性が、それぞれ異なる熱量を孕んだ目で、前方の景色を見据えている。
姿なき巨大な悪意の拠点を叩き潰すため、キリュウ・グローバルの最強の総務部と、前線ギルド並みに危険な武闘派を乗せた車が、埼玉の無法地帯へと突入するのであった。
道路交通法は大事ですね!
車に乗る前には、アルコールチェック!
今回もご愛読いただきまして、ありがとうございました!




